SCP-3000――私たちは何を失えば、自分でなくなるのか

SCP資料
司書
司書

ようこそ、深夜資料室へ。

もし今日の記憶が消えたとしても、私たちは明日を生きられるでしょう。

昨日の記憶が消えても、おそらく生活は続きます。

では。

人生の半分を失ったらどうでしょう。

家族との思い出を失ったら。

自分の名前を忘れたら。

自分が何者だったのか分からなくなったら。

その時、私たちはまだ同じ人間なのでしょうか。

今夜の資料はSCP-3000。

深海に潜む巨大な蛇の記録です。

ですが、この作品の本当の恐怖は怪物ではありません。

それは、

「自分が自分である根拠」

が少しずつ崩れていく恐怖です。

SCP概要

司書
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SCP-3000はベンガル湾深海に存在する巨大なウナギ状の存在です。

全長は数百キロメートルにも及ぶと推定されています。

その規模はあまりにも巨大で、財団ですら正確な全長を把握できていません。

オブジェクトクラスはThaumiel。

つまり財団にとって有益な異常存在です。

そうめん
そうめん

待って。

そんな怪物がいる時点で十分ヤバいんだけど。

司書
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実際、その大きさだけでも十分脅威です。

しかし財団が本当に問題視したのは別の異常性でした。

SCP-3000の周囲では、

記憶。

認識。

そして自己認識そのものが崩壊していくのです。

そうめん
そうめん

自己認識?

司書
司書

ええ。

この作品は怪獣映画ではありません。

人間の内側が壊れていく記録です。

深海で壊れていく人間たち

深海。

光は届かない。

音もほとんど存在しない。

人類に残された最後の未知。

その暗闇の中で、調査チームは異常な存在を発見します。

最初に現れたのは巨大な影でした。

海底を埋め尽くすような黒い身体。

どこまで続いているのか分からないほど長い胴体。

そして接近した隊員たちに異変が起きます。

会話が噛み合わない。

任務内容を忘れる。

誰が何を担当していたのか分からなくなる。

自分が何をしているのか思い出せなくなる。

そうめん
そうめん

怖っ。

司書
司書

まだ始まりに過ぎません。

やがて彼らは、

自分自身についても確信を持てなくなります。

記憶が曖昧になる。

思考がまとまらなくなる。

現実と記憶の境界が崩れていく。

そして深海の暗闇の中で、

巨大な存在だけがそこにいるのです。

この段階で読者は思います。

これは記憶を奪う怪物の話なのだと。

しかし本当の恐怖は、その先にありました。

財団はなぜ怪物を守るのか

そうめん
そうめん

よし。

分かった。

こんなの倒そう。

司書
司書

普通はそう考えます。

ですが財団は違いました。

SCP-3000を排除するどころか、

維持することを選んだのです。

そうめん
そうめん

なんで?

司書
司書

理由はY-909です。

SCP-3000は特殊な分泌物を生成します。

そしてその物質は、財団が使用する記憶処理薬の重要な原料でした。

世界中で発生する異常現象。

それを隠蔽するために必要な記憶処理。

財団社会の根幹を支える薬。

その供給源がSCP-3000だったのです。

しかし問題があります。

SCP-3000は人間を捕食した後でなければ、その物質を生成しません。

つまり。

財団は世界を守るために、

人間を怪物へ与えていたのです。

そうめん
そうめん

……。

司書
司書

この瞬間、物語の恐怖は変化します。

怪物の恐怖から。

それを利用する人間の恐怖へ。

神を見た男

クリシュナムルティ博士はSCP-3000を研究する中で、ある考えに取り憑かれます。

それは、

SCP-3000は神話に登場する蛇神アナンタシェーシャではないか。

というものでした。

宇宙の終わりを越えて存在する蛇。

世界を支える永遠の存在。

もしそれが本当なら。

人間の記憶も。

人生も。

存在そのものも。

その中に残り続けるのではないか。

彼はそう考え始めます。

そうめん
そうめん

つまり救いを見たってこと?

司書
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おそらく。

ですが最後に彼はこう言います。

“I was wrong.”

私は間違っていた。

彼が何を見たのか。

原典は明確に語りません。

しかし少なくとも、

そこに救済はなかったのでしょう。

永遠ではなかった。

神ではなかった。

そこにあったのは、

自分自身がほどけていく暗闇だったのかもしれません。

人は何を失えば、自分でなくなるのか

後半の記録で登場するマンナヴァ博士は、

さらに恐ろしい事実へ辿り着きます。

彼は気付くのです。

自分の記憶だと思っていたものが、

本当に自分の記憶なのか分からなくなっていることに。

懐かしい風景。

家族との思い出。

大切な記憶。

それらが本当に自分のものなのか。

それとも誰か別の人間のものなのか。

判別できなくなっていくのです。

そうめん
そうめん

ちょっと待って。

それって記憶喪失より怖くない?

司書
司書

ええ。

記憶喪失なら空白が残ります。

しかしSCP-3000では違います。

空白に別人の記憶が入り込む。

だから分からなくなるのです。

今考えている自分は誰なのか。

今愛している相手は誰なのか。

今思い出している人生は誰のものなのか。

そして読者は気付かされます。

この作品が奪っているのは記憶ではない。

「自分が自分であるという確信」

なのだと。

SCP-3000は何を喰らっていたのか

SCP-3000は人間を捕食します。

それは事実です。

しかし物語を最後まで読むと、

別の疑問が浮かびます。

本当に喰われていたのは人間だったのでしょうか。

記憶だったのでしょうか。

人格だったのでしょうか。

あるいは。

人間を人間たらしめる何かだったのでしょうか。

名前。

思い出。

家族。

文化。

人生。

その全てが少しずつ削られていく。

だからSCP-3000は単なる怪物ではありません。

死を与える存在ですらありません。

もっと静かで。

もっと根源的なものです。

それは、

人間という存在の輪郭を溶かしていく存在なのです。

まとめ

司書
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SCP-3000は巨大な怪物の物語です。

しかし本当に恐ろしいのは、その姿ではありません。

人は何によって自分であり続けるのか。

記憶なのか。

経験なのか。

他者との繋がりなのか。

この作品は最後まで答えを与えません。

ただ一つだけ確かなことがあります。

SCP-3000の前では、

私たちが当然だと思っている「自分」という存在は、

驚くほど脆いものだったということです。

司書
司書

名前を失ったら。

記憶を失ったら。

家族との思い出を失ったら。

私たちはどこまで失えば、自分ではなくなるのでしょうか。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

また次の資料でお会いしましょう。

出典

作品名:SCP-3000 – Anantashesha

作者:A Random Day / djkaktus / Joreth

原典:https://scp-wiki.wikidot.com/scp-3000

ライセンス

SCP-3000 “Anantashesha” by A Random Day, djkaktus, Joreth is licensed under the Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License.

SCP Foundation is licensed under CC BY-SA 3.0.

そうめん
そうめん

この記事読んでたら急に不安になった。

司書
司書

何がです?

そうめん
そうめん

俺、昨日の夕飯思い出せない。

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