死んでも次の再生で生き返るなら、人は何をしてしまうのか――SCP-1733と終わらない開幕戦

奇妙な記録
そうめん
そうめん

同じ試合を何回も見るのって、そんなに怖くなくない?

司書
司書

見る側なら、そうでしょうね。

そうめん
そうめん

見る側なら?

司書
司書

もし、映像の中にいる人たちも前回の試合を覚えていたら?

そうめん
そうめん

……録画なのに?

司書
司書

ええ。そして再生が終われば、全員が最初の状態へ戻ります。

そうめん
そうめん

じゃあ死んでも?

司書
司書

次の再生では、生き返ります。

録画されたスポーツ中継は、何度再生しても同じ結果になる。選手が別のシュートを選ぶこともなければ、観客が昨日とは違う歓声を上げることもない。そこにあるのは、すでに終わった試合の記録だ。

では、その映像の中にいる人々だけが、前回の再生を覚えていたらどうなるだろう。負けた選手は相手の戦術を覚え、観客は次に起きる出来事を知り、やがて全員が「また同じ試合が始まった」と理解する。

そして試合から逃げることも、映像の外へ助けを求めることもできない。

SCP Foundationで公開されている創作作品、SCP-1733「Season Opener」。一本の録画映像の中で、人間社会が少しずつ壊れていく記録である。

2010年10月26日の開幕戦

SCP-1733は、2010-2011年NBAシーズンの開幕戦を記録したデジタル映像だ。試合は2010年10月26日、ボストンのTDガーデンで行われたボストン・セルティックス対マイアミ・ヒート戦。録画したDVRそのものには、異常性は確認されていない。

財団が異変を把握したきっかけは、翌日に投稿されたSNS上の書き込みだった。ある人物が、第三クォーターでレイ・アレンとクリス・ボッシュに関係するテクニカルファウルについて話した。しかし、その出来事は実際の放送には存在しなかった。

本人が該当部分をアップロードすると、確かに映っていた。財団は投稿を削除し、DVRを回収する。

そして映像を繰り返し再生したことで、もっと奇妙な事実が判明した。

この試合は、見るたびに少しずつ変わる。

選手たちは、前の試合を覚え始める

最初の変化は小さかった。得点やファウルのタイミングが変わる程度で、別の試合展開が記録されているようにも見える。

ところが再生回数が増えるにつれ、選手たちの動きがおかしくなる。相手が何をしてくるのかを、事前に知っているようなプレーが増えていくのだ。

34回目の再生では、両チームが互いの戦術へ適応しすぎた結果、第一クォーター残り3分34秒になるまで0対0という異様な試合になった。

最初は、本人たちも理由を理解していなかったらしい。なんとなく次のプレーが分かる。なぜか相手の戦術を知っている。解説者たちも強烈なデジャヴを訴え始める。

しかし記憶は、再生のたびに蓄積していった。

そして44回目。

選手たちは、自分たちが昨夜何度も同じ試合をした「夢」を見たと訴える。観客も、解説者も同じだった。

次の再生で。

彼らは試合をすることをやめた。

45回目、試合放棄

45回目の再生。選手、コーチ、スタッフ、カメラマン、観客たちはコートへ集まった。もうバスケットボールをしている場合ではなかった。

全員が理解していた。

自分たちは、同じ試合を繰り返している。

そこで彼らは出口へ向かう。しかしTDガーデンの扉は開かない。選手用施設も、ロッカールームも、通路も、外へつながっているはずの場所はすべて閉ざされている。

大勢で押しても、工具を使っても、扉は動かなかった。

映像の中にいる人々は。

TDガーデンという舞台から出られない。

そうめん
そうめん

でも録画が終わったらどうなるの?

司書
司書

最初へ戻ります。

そうめん
そうめん

逃げようとして壊したものも?

司書
司書

元通りです。

そうめん
そうめん

怪我した人は?

司書
司書

元通りです。

そうめん
そうめん

死んだ人も?

司書
司書

ええ。

そうめん
そうめん

……記憶だけ残して?

司書
司書

そこが、この記録の一番残酷なところです。

死んでも、次の試合が始まる

51回目の再生では、観客同士の暴力事件が起きた。ある男性が殴られ、意識を失う。

だが次の再生が始まると、男性は何事もなかったように元の状態へ戻っていた。そして、自分を襲った相手のことだけは覚えていた。

彼は待ち伏せし、前回自分を襲った人物の一人を撲殺する。

それでも録画が終われば、死者は戻る。

身体はリセットされる。

しかし殺された記憶も、殺した記憶も消えない。

つまり、この世界では死が終わりにならない。

死んだあとも、自分を殺した相手と同じ場所で次の再生を迎えなければならない。

外の世界を思い出す

55回目になるころには、記憶はさらに鮮明になっていた。人々は試合だけではなく、その週に起きた出来事や、会場の外にいる友人や家族まで思い出せるようになる。

これは救いにはならなかった。

むしろ、自分たちが失ったものを理解できるようになっただけだった。

電話を使っても外部へ連絡できない。出口も開かない。どれだけ待っても録画時間が終われば世界は巻き戻され、また試合開始前へ戻される。

家族がいることを覚えている。

帰る家があることも覚えている。

それなのに。

二度とそこへ帰れない。

会場の中に社会が生まれる

65回目まで進むと、会場内の人々はひとつの集団ではなくなっていた。選手やチーム関係者は施設の一部へ立てこもり、病人や子どもを連れた親たちは観客席の一角へ集まり、別の人々は脱出方法を探し続ける。

そして、新しい宗教のような集団も現れた。

彼らは、自分たちが閉じ込められたのは現代社会の消費主義に対する罰だと考えた。携帯電話、車の鍵、財布などをコート中央で燃やし、「供物」として捧げ始める。

一方では、出口を爆破しようとする者もいた。

失敗する。

次の再生。

また失敗する。

それでも記憶だけは増え続ける。

そして人間は、「ここから出る」という共通の目的さえ失っていった。

何をしても、なかったことになる世界

再生回数が増えるにつれ、会場では暴力、自殺、享楽的な行動が増えていく。

ここには普通の社会を支えているものがほとんど存在しない。警察も裁判もない。明日の仕事もない。刑務所へ送られることもない。

そして何より。

死そのものが、永続的な結果ではない。

誰かを殺しても、次の再生では生き返る。自分が死んでも戻ってくる。建物を壊しても元通りになる。

ただし。

そこで何をしたのかという記憶だけは、全員に残る。

結果が消えても、罪悪感は消えない。

恨みも消えない。

恐怖も消えない。

ついに、人間を捧げ始める

やがて宗教集団は、閉じ込められている原因を「何か」の意思だと考えるようになる。

供物では足りない。

ならば、人間を捧げればいい。

彼らは選手施設へ押し入り、ポール・ピアースとレブロン・ジェームズを連れ出した。

そして二人を儀式的に殺害し、その遺体を会場の大型スクリーンへ晒した。

何も起きなかった。

録画が終わり。

次の再生が始まる。

二人はまた生きている。

それでも。

自分が殺されたことを覚えている。

そして集団は、さらに次の犠牲を求め始めた。

今度は。

子どもたちだった。

そうめん
そうめん

最初は普通にバスケしてた人たちだよな。

司書
司書

ええ。

そうめん
そうめん

それが、そこまで行くのか。

司書
司書

一度や二度ではありませんから。

そうめん
そうめん

何回やっても逃げられない。死んでも終われない。

司書
司書

そして、前回までの記憶だけが積み重なります。

壊れたのは、人間だったのか

ここからは、原典に答えのない部分を考えてみたい。

SCP-1733で起きていることを、「極限状態になった人間が本性を現した」と片づけるのは簡単だ。法も罰も死も意味を失えば、人間は残酷になる。そう読むこともできる。

しかし彼らは、最初からそうだったわけではない。

脱出しようとした。協力した。家族を思い出した。子どもや弱い人々を守ろうとする集団も残った。

壊れていったのは、人間性が偽物だったからではないのかもしれない。

何度努力しても意味がない。何度死んでも終われない。何を壊しても元通りになる。

そんな環境に置かれ続ければ。

「意味がある」と信じる能力そのものが壊れていく。

永遠に生きることは、救いなのか

死なないことは、一見すると幸福に思える。

SCP-1733の人々も、何度殺されても次の再生では元の身体へ戻る。老いることもない。病気や傷もリセットされる。

だが、それは不死とは少し違う。

未来がないからだ。

明日が来ない。

成長できない。

どれだけ努力しても、成果を次へ持っていけない。

持っていけるのは記憶だけ。

だからSCP-1733で最も恐ろしいのは、「永遠に同じ試合を見ること」ではない。

過去だけが増え続けるのに、未来が一秒も増えないことだ。

そして財団は、再生をやめた

映像の中にいる人々は、自分たちがデジタル録画の中に存在していることまでは理解していない。画面のこちら側に観察者がいることも知らない。

彼らに分かるのは、同じ時間が繰り返されていること。そして、どんな方法を試してもTDガーデンから出られないことだけだ。

財団は、研究のために再生を続けていた。

つまり彼らにとって。

世界がもう一度始まる原因は。

画面の外にいる誰かが、再生ボタンを押すことだった。

やがて財団は、映像内部の人々へ与えている苦痛を理由に実験を無期限停止した。

DVRは保管されている。

再生は禁止された。

だから今。

TDガーデンの中では、誰も苦しんでいないのかもしれない。

あるいは。

彼らにとって時間そのものが止まり。

次に誰かが再生ボタンを押す瞬間を。

永遠に待っているのかもしれない。

そうめん
そうめん

じゃあ、再生しなければいいんだよな。

司書
司書

財団もそう判断しました。

そうめん
そうめん

それなら終わったじゃん。

司書
司書

そうでしょうか。

そうめん
そうめん

え?

司書
司書

映像の中の人々にとって。

司書
司書

再生されていない時間が存在するのか。

司書
司書

それとも次に再生された瞬間。

司書
司書

彼らにとっては、一瞬後にまた世界が始まるのか。

司書
司書

それを確かめるには。

司書
司書

もう一度、再生するしかありません。

そうめん
そうめん

……じゃあ、分からないままでいいわ。

司書
司書

私も、そう思います。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

司書
司書

また次の資料でお会いしましょう。

資料・出典

SCP-1733「Season Opener」は、bbaztek氏によってSCP Foundationで公開されている創作作品です。原典では、2010年10月26日に行われたボストン・セルティックス対マイアミ・ヒートのNBA開幕戦を記録した映像と、再生を重ねるたびに以前の再生を記憶していく映像内の人々が描かれています。試合放棄、脱出の試み、暴力、派閥化、宗教的行動、選手の儀式的殺害などへ状況が変化し、財団は内部の人々へ与える苦痛を理由に実験を無期限停止しています。本記事では原典の記録と考察を分け、「死や失敗がリセットされても記憶だけが残る世界で、人間はいつまで意味を保てるのか」という視点から整理しています。SCP-1733およびSCP Foundationに関する記述は創作上の設定です。

原典:SCP-1733 — Season Opener / bbaztek(SCP Foundation、CC BY-SA)

コメント