どんな世界へ行けても、帰る場所を選べないなら――SCP-507と終わらない異世界旅行

奇妙な記録
そうめん
そうめん

異世界へ行ける能力?

司書
司書

そう聞くと、少し羨ましく感じますか?

そうめん
そうめん

そりゃまあ。いろんな世界見られるんだろ?

司書
司書

行き先は選べません。

そうめん
そうめん

まあ、それくらいなら。

司書
司書

出発する時間も選べません。帰ってくる時間も選べません。

そうめん
そうめん

……寝てるときでも?

司書
司書

ええ。会話の途中でも、トイレにいるときでも。

「異世界へ行ける」と聞けば、そこには冒険の匂いがする。見たことのない文明、違う歴史を歩んだ地球、人類とは別の生物が暮らす世界。帰りたいときに帰れるなら、それは究極の旅行と言ってもいい。

だが、行き先も出発時刻も帰還時刻も、自分では一切決められないとしたらどうだろう。次に送られる場所が楽園なのか、真っ暗な地下なのか、人類が滅びた世界なのかも分からない。それでも何度も、何度も「旅行」は始まる。

SCP Foundationで公開されている創作作品、SCP-507。通称「Reluctant Dimension Hopper――不本意な次元旅行者」。異常なのは彼自身だが、この記録で本当に恐ろしいのは、彼が訪れる世界のほうである。

どこにでもいそうな男

SCP-507は金髪と緑色の目を持つ成人男性で、身体能力はむしろ平均以下。精神面にも大きな異常はなく、少し太り気味という以外、特別な人物には見えない。自分の本名を教える代わりに周囲へあだ名を付けさせる癖があり、「Tommy」「Steve」「Houdini」、さらには「Grabnok the Destroyer」など、いくつもの名前に反応する。[oai_citation:1‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

財団に発見される以前、彼は施設から何度も不可解な「脱走」を繰り返していた。当初は瞬間移動能力を持っていると考えられたが、本人への聞き取りによって事情が判明する。消えている間、彼はどこか別の場所へ移動しているのではない。別の現実そのものへ移動している。 [oai_citation:2‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

移動先は毎回異なる。地形がおおむね同じこともあるが、そこに暮らす存在や気候、文明の状態は大きく変わる。そして本人には、いつ「シフト」が起きるのかを制御する方法がない。[oai_citation:3‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

突然、世界から消える

SCP-507のシフトには予告がない。会話をしている最中に消えることもあれば、眠っている途中に別世界で目を覚ますこともある。財団施設の共用設備を使っている最中に消えたことさえあるという。本人にとって「異世界へ行く」はイベントではなく、いつ起こるか分からない発作に近い。[oai_citation:4‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

帰還のタイミングも選べない。ただし別世界で移動した場合、元の現実へ戻ったときには、その移動に対応した場所へ現れる。つまり危険な世界へ飛ばされたからといって、同じ場所でじっと待つ必要はないが、動けば帰還地点も変わってしまう。

財団は彼の身体へ追跡装置を埋め込み、消失後は毎日信号を確認している。戻ってきた場所が施設から離れていれば、私服のエージェントが迎えに行く。収容というより、行方不明者の帰宅を待つ体制に近い。[oai_citation:5‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

そうめん
そうめん

財団にしては扱い優しくない?

司書
司書

彼自身に悪意がないからでしょう。

そうめん
そうめん

逃げようと思えば逃げられるのに?

司書
司書

それでも戻ってきます。

財団の中では、かなり自由な「収容対象」

SCP-507には、財団施設内を比較的自由に歩くことが認められている。部屋には制限付きながらインターネットへ接続できるコンピューターもあり、安全性の高い別のSCPとの交流を申請することさえできる。本人が強く希望した結果、別の知性あるSCPを訪ねる「休暇」のような許可まで出たことがある。[oai_citation:6‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

財団がここまで許している理由も明記されている。SCP-507は長期間にわたって問題を起こしておらず、もし機密を漏らしたり逃亡したりするつもりなら、とっくに能力を利用しているはずだからだ。

番号を付けられ、追跡装置まで埋め込まれている。それでも彼は「危険な怪物」というより、財団の施設に住んでいる少し変わった人物として扱われている。

ただし、彼が帰ってくるたびに持ち帰る話は、ときどき笑えない。

暗闇の中で、何かが呼吸していた

あるシフトで、SCP-507は完全な暗闇へ放り出された。屋内なのか地下なのかさえ分からない。手探りで出口を探していると、近くから押し殺したような呼吸音が聞こえてきた。

相手の姿は見えない。何がいるのかも分からない。そこで彼は探索することを諦め、近くの隅で身体を丸め、元の世界へ戻るまで待つことを選んだ。[oai_citation:7‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

帰還した彼が財団へ要求したのは、標準的な懐中電灯だった。それ以来、彼は常にライトを持ち歩くようになる。

異世界旅行の経験によって彼が得たものは、宝物でも特殊能力でもない。「次に暗闇へ飛ばされたときのための懐中電灯」だった。

死体が呼吸している世界

別のシフトでは、財団施設によく似た場所へ到着した。しかし施設は放棄され、内部には腐敗した死体が散乱していた。遺体は奇妙なカビに覆われている。

そして観察しているうちに、彼は気づいた。死体の身体が一定のリズムで膨らみ、縮んでいる。まるで呼吸を続けているようだった。

施設から逃げようとして外へ出ると、さらに状況は悪化する。外の世界そのものが、同じ奇妙な増殖物に覆われていた。帰還後、財団は彼の証言をもとに菌類を調査したが、完全に一致するものは発見できなかった。[oai_citation:8‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

別の帰還時には、彼はただ「So many spiders――蜘蛛が多すぎる」と呟き、それ以上の説明を拒んだ。その後に要求したのは拳銃だった。財団は実弾ではなくゴム弾専用という条件で許可している。[oai_citation:9‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

そうめん
そうめん

だんだん装備が増えてる……。

司書
司書

経験から学んでいるんでしょうね。

そうめん
そうめん

でも次に何が必要か分からないじゃん。

司書
司書

だから怖いんです。

暗闇で、また会った男

懐中電灯を手に入れたあと、SCP-507は再び真っ暗な場所へシフトした。そして、以前と同じように近くから呼吸音が聞こえてくる。

今度はライトがある。彼が明かりを点けると、目の前には黒いスーツとサングラスを身につけ、不自然なほど大きな笑顔を浮かべた男が立っていた。顔同士が触れそうなほど近い距離だった。

男はSCP-507を見ると、一言だけ告げる。

「Back so soon?――もう戻ってきたのか?」 [oai_citation:10‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

SCP-507は即座にライトを消し、拳銃のゴム弾を男がいた方向へすべて撃ち込んだ。そして前回と同じように隅へ丸まり、元の現実へ戻るまで動かなかった。

この短い言葉が示していることは不気味だ。少なくともその男は、以前SCP-507が来たことを覚えている。そして彼が再び現れる可能性を理解していた。

一人だけ、帰ってこなかった

SCP-507の能力には、もうひとつ重要な性質がある。条件次第では、彼に触れている別の人間まで一緒にシフトすることがある。

ある事件では、一人の財団エージェントがSCP-507の肩へ触れていた瞬間にシフトが発生した。二人は同じ別世界へ送られたが、そこで何らかの事態に巻き込まれ、途中で離れ離れになる。

一週間後。

SCP-507だけが戻ってきた。

彼は向こう側でエージェントを探したが、帰還するまでに見つけることができなかった。その人物は元の世界へ戻っていない。[oai_citation:11‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

この事件以降、前回のシフトから二週間以上経過したSCP-507には誰も触れてはならないという規則が作られた。過去の記録を調べると、シフトとシフトの間には最低でも二週間あったからだ。[oai_citation:12‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

帰ってこられることは、当たり前ではない

ここからは、原典に明確な答えのない部分を考えてみたい。

SCP-507自身は、これまで何度も元の現実へ帰還している。そのため記録を読む側も、どこかで「今回もそのうち戻ってくる」と考えてしまう。

だが、一緒に移動したエージェントは戻らなかった。つまり別世界からの帰還は、「そこにいる人間全員」に与えられた能力ではない。おそらくSCP-507自身に結びついた現象だ。

もし向こう側で彼とはぐれれば、その世界が残りの人生になる可能性がある。人類が滅びていても、怪物しかいなくても、空気や生態系そのものが異常でも、迎えは来ない。

そしてSCP-507本人にも、「次も必ず帰ってこられる」という保証があるわけではない。

これは旅行ではない

異世界ものの物語では、別世界へ行くことそのものが冒険の始まりになる。だがSCP-507にとって、異世界は目的地ではない。突然発生する災害に近い。

だから彼が帰還後に求めるものも現実的だ。暗闇を経験すれば懐中電灯を持つ。危険な生物に遭遇すれば身を守る道具を欲しがる。未知の世界を征服しようとはしない。ただ次のシフトから生きて戻るために準備する。

それでも、完全に悲観しているわけでもない。財団の中で人と交流し、他のSCPに興味を持ち、冗談めいたあだ名を使い続ける。普通の生活を維持しようとしている。

そこにSCP-507という記録の妙がある。彼は世界を渡り歩く英雄ではない。何度世界から追い出されても、帰ってきた場所を「日常」に戻そうとする普通の人間なのだ。

「帰る場所」があるということ

SCP-507は財団に収容されている。自由な市民ではないし、部屋の外では監視役も付く。それでも別世界から帰還した彼は、自分から財団施設へ戻ってくる。[oai_citation:13‡The SCP Foundation](https://scp-wiki.wikidot.com/scp-507)

考えてみれば奇妙な話だ。彼にとって「帰る場所」になったのは、自分へ番号を付けた組織の収容施設だった。

だが、知らない世界へ何度も放り出される人間にとって、同じ顔の職員がいて、自分の部屋があり、インターネットが使えて、次に必要な装備を相談できる場所は、それだけで特別なのかもしれない。

旅の価値は、どこへ行けるかだけでは決まらない。

帰る場所を知っているから、人は旅を旅として終わらせることができる。

SCP-507には、次の目的地を選ぶ自由がない。次の帰還がいつになるかも分からない。それでも彼は戻るたび、また日常を始める。

そうめん
そうめん

最初はちょっと羨ましいと思ったんだけどな。

司書
司書

今は?

そうめん
そうめん

絶対いらん。

司書
司書

即答ですね。

そうめん
そうめん

旅行って、帰りの飛行機があるから楽しいんだよ。

司書
司書

なるほど。

そうめん
そうめん

こいつには、それがないんだろ。

司書
司書

ええ。ただ――

そうめん
そうめん

ただ?

司書
司書

今のところは、何度も帰ってきています。

そうめん
そうめん

……次も?

司書
司書

それは、誰にも分かりません。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

司書
司書

また次の資料でお会いしましょう。

資料・出典

SCP-507「Reluctant Dimension Hopper」は、PennywiseTheClown氏によってSCP Foundationで公開されている創作作品です。原典では、本人の意思とは無関係にランダムな別現実へ移動し、一定時間後に元の現実へ帰還する成人男性として記録されています。暗闇の世界、異常な菌類に覆われた世界、「Smiling Man」と呼べる人物との遭遇、同行した財団エージェントが帰還できなかった事件などが記されています。本記事では原典の記録と考察を分け、「行き先も帰還時刻も選べない異世界移動を、旅と呼べるのか」という視点から整理しています。SCP-507およびSCP Foundationに関する記述は創作上の設定です。

原典:SCP-507 — Reluctant Dimension Hopper / PennywiseTheClown(SCP Foundation、CC BY-SA 3.0)

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