もし。
眠るたびに続きが見られる夢があったら。
もし。
その世界で友人ができたら。
もし。
その世界で誰かに必要とされたら。
もし。
現実よりも、その世界の方が大切になってしまったら。
あなたはそれを、ただの夢だと言い切れるでしょうか。

本日の資料はSCP-1230。
通称「ヒーロー誕生」です。

タイトルだけ見ると王道ファンタジーっぽいな。

ええ。
しかしこのSCPが語るのは、冒険譚であると同時に、とても切ない人間の物語でもあります。
SCP概要
SCP-1230は、一見すると古びたファンタジー小説のような本です。
表紙にも本文にも特別な異常性は見られません。
しかし、この本を読んだ人物が眠りにつくと、極めて特殊な夢を見ることになります。
夢の舞台は中世ファンタジー世界。
広大な森。
石造りの城塞都市。
魔法使い。
怪物。
騎士。
そして数多くの人々が暮らす王国。
ここまではよくある夢物語です。
ですがSCP-1230には決定的な特徴があります。
夢に「続き」が存在するのです。
一度目の夢で出会った人物は、次の夢でも同じ記憶を持っています。
前回の出来事も引き継がれます。
助けた人は恩を覚えています。
失敗した出来事も消えません。
夢を見るたびに世界は積み重なり、物語は前へ進み続けます。
それは単なる夢ではなく、もう一つの人生そのものでした。

夢なのにセーブデータが残るわけか。

まさにそんな感覚です。
そして、その積み重ねが後の悲劇につながります。
夢の世界
財団はDクラス職員を用いて実験を行いました。
被験者はSCP-1230を読み、その後就寝します。
すると夢の中で見知らぬ森に立っていました。
村人と出会う。
街へ向かう。
依頼を受ける。
怪物を退治する。
盗賊を追い払う。
まるで王道ファンタジーRPGの主人公です。
当初、被験者はこの体験を娯楽として楽しんでいました。
しかし翌日、再び眠った時に異変が起きます。
夢が最初から始まらなかったのです。
前回助けた村人が彼を覚えていました。
共に旅をした仲間が再会を喜びました。
以前救った町では歓迎を受けました。
前回の冒険の続きが始まったのです。
夢はリセットされませんでした。
世界は彼が目覚めている間も存在していたかのように動き続けていました。

それは続きが気になって仕方なくなるな。

ええ。
彼は次第に、眠ることそのものを楽しみにするようになります。
英雄になった男
Dクラス職員は夢の世界で長い旅を続けました。
怪物と戦う。
人々を救う。
仲間と苦難を乗り越える。
王国の危機に立ち向かう。
そうした経験を重ねるうちに、彼は世界の中で重要な存在になっていきます。
人々は彼の名前を呼びました。
彼の帰還を歓迎しました。
困った時には助けを求めました。
感謝し、信頼しました。
尊敬さえしていました。
現実世界では番号で管理されるだけのDクラス職員。
実験材料として扱われる囚人。
しかし夢の世界では違いました。
彼は一人の英雄だったのです。

現実と真逆だな……

だからこそ、その世界は彼にとって特別な意味を持つようになりました。
現実と夢
現実の彼は囚人です。
Dクラス職員として実験に使われる立場でした。
将来への希望もありません。
誰かに期待されることもありません。
必要とされることもありません。
ですが夢の世界には違う現実がありました。
仲間がいる。
待ってくれる人がいる。
自分を必要としてくれる人がいる。
明日やるべきことがある。
帰る場所がある。
財団職員たちは、彼の精神状態が徐々に改善していることに気付きます。
以前より穏やかになった。
以前より前向きになった。
以前より生きる意欲を見せるようになった。
理由は明白でした。
彼は夢の世界で確かな居場所を見つけていたのです。

なんかもう夢の方が本当の人生みたいだな。

彼自身もそう感じていた可能性があります。
終わってしまった冒険
やがて財団は結論を下します。
SCP-1230は危険性が低い。
追加実験の必要性も薄い。
つまり実験終了です。
本は回収されました。
被験者だったDクラス職員は強く抗議します。
続けさせてほしい。
仲間が待っている。
まだやるべきことが残っている。
帰らなければならない。
しかし財団は認めませんでした。
財団にとって、それはあくまで夢だったからです。
異常な現象ではあっても、現実世界に重大な影響を及ぼすものではありません。
合理的な判断でした。
極めて財団らしい判断でもありました。
ですが彼にとっては違いました。
そこには友人がいました。
仲間がいました。
人生がありました。
居場所がありました。
大切な人々がいました。
だから彼は、本を失ったのではありません。
世界そのものを失ったのです。

それは辛いな……

彼にとっては故郷を突然消されたような感覚だったのでしょう。
SCP-1230が特別な理由
SCPには恐ろしい怪物もいます。
世界を滅ぼしかねない存在もいます。
ですがSCP-1230は違います。
このSCPが読者の心に残る理由は、危険性ではありません。
そこに描かれている感情です。
夢の中でだけ居場所を見つけた一人の男。
現実では誰にも必要とされなかった男が、
夢の中で初めて誰かに必要とされた。
初めて感謝された。
初めて待たれる存在になった。
だからこの記録は切ないのです。
SCP-1230が本当に残酷な理由
財団の判断は決して間違っていません。
危険性は低い。
管理も容易です。
合理的な対応でした。
しかし。
正しい判断が優しい判断とは限りません。
夢の世界は現実ではありませんでした。
そこに存在した人々が本当に実在していたかも分かりません。
すべてが脳内で作られた幻想だった可能性もあります。
それでも彼にとっては確かな人生でした。
喜びも。
友情も。
達成感も。
希望も。
すべて本物だったのです。
人間にとって重要なのは、それが現実かどうかだけではありません。
そこに意味があったかどうかです。
彼は夢の世界で意味を見つけました。
だから失った時の痛みも本物でした。
SCP-1230は恐ろしい怪物の話ではありません。
人がようやく見つけた居場所を失う悲しさを描いた物語なのです。

夢の話なのに、現実の方がずっと残酷だな。

だからこそ、多くの読者の心に残り続けているのでしょう。
まとめ
SCP-1230は夢の世界へ導く異常な本です。
しかし本当に描かれているのは魔法や冒険ではありません。
夢の中でだけ英雄になれた男。
夢の中でだけ居場所を見つけた男。
そして、その世界を失ってしまった男の物語です。
もしあなたがその立場だったなら。
夢だと分かっていても、きっと帰りたくなるでしょう。
あるいは現実よりも、そちらを現実だと思ってしまうかもしれません。

今夜の記録はここまでです。
また次の資料でお会いしましょう。
出典
SCP-1230 “A Hero is Born”
Author: PeppersGhost
Source:
https://scp-wiki.wikidot.com/scp-1230
ライセンス
This work is licensed under Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License (CC BY-SA 3.0).

俺だったら毎日寝る。

その気持ちは分かります。

否定してくれよ。



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