なぜ「終わりのない場所」は怖いのか――SCP-087と、底の見えない階段

奇妙な記録
そうめん
そうめん

暗い階段って、それだけなら別に珍しくないよな。

司書
司書

ええ。地下へ続く階段なら、どこにでもあります。

そうめん
そうめん

じゃあ、何階まで降りても終わらなかったら?

司書
司書

戻りますか?

そうめん
そうめん

戻る。絶対戻る。

司書
司書

でも、下から子どもの泣き声が聞こえていたら?

そうめん
そうめん

……それはズルいだろ。

暗い。

狭い。

先が見えない。

それだけなら、人はまだ耐えられる。

懐中電灯を持てばいい。

慎重に進めばいい。

怖くなれば、引き返せばいい。

だが。

階段を一段降りる。

さらに一段。

踊り場を曲がる。

また階段がある。

もう一つ踊り場を曲がる。

それでも。

終わりが見えない。

人は、何段目から「この先には何もない」と考えるのだろう。

そして。

何段目から。

「そもそも終わりなど存在しないのではないか」と考え始めるのだろう。

そんな恐怖を、驚くほど単純な舞台で描いた創作がある。

SCP-087。

そこにあるのは。

ただ、下へ続く階段だ。

地下へ続く、暗い階段

SCP-087は、SCP Foundationで公開されている創作作品だ。

異常が存在するのは、ある建物の内部。

入口は通常の扉として存在している。

その先にあるのが。

照明のない階段。

13段降りると、半円形の踊り場がある。

そこで進行方向が180度変わる。

そして、また13段。

また踊り場。

また階段。

構造だけなら。

古い建物にありそうな階段に見える。

ただし。

下へ進んでも。

底に到達できない。

最も長く行われた探索から推定された深度は、その建物の構造はもちろん、周辺の地質条件から考えても成立しないほど深い。

そして現在も。

SCP-087に終点が存在するのかは分かっていない。

そうめん
そうめん

建物の高さとか、そういう問題じゃないのか。

司書
司書

ええ。物理的に収まるはずのない場所まで続いています。

そうめん
そうめん

それだけでも嫌なのに、まだあるんだろ。

司書
司書

あります。

下から聞こえる、子どもの声

階段の内部では。

子どものものと思われる声が聞こえる。

苦しんでいるような。

助けを求めているような声。

その発生源は。

入口からおよそ200メートル下方にあると推定されている。

ならば。

200メートル降りれば近づける。

そう考えるのが普通だ。

ところが。

どれだけ階段を降りても、声との距離は縮まらない。

降りる。

まだ聞こえる。

さらに降りる。

まだ下から聞こえる。

近づいているはずなのに。

辿り着けない。

これは単に「怖い声がする」という仕掛けではない。

目的地があるように思わせながら、永遠に到達させない。

そこに、この階段の嫌なところがある。

暗闇より怖いもの

人間は、暗闇を怖がる。

理由は単純だ。

見えないから。

何がいるのか分からない。

何が起きるのか分からない。

だが、暗闇には一つ救いがある。

明かりをつければいい。

SCP-087では、それすら十分な解決にならない。

内部には照明設備も窓もない。

探索者は光源を持ち込む必要がある。

ところが、強力な光源を用意しても。

必要以上に遠くを照らすことができない。

SCP-087そのものが、余分な光を吸収しているかのような性質を示すからだ。

つまり。

どれほど準備しても。

見えるのは、ほんの少し先まで。

その先に何があるのか。

階段があと何段続くのか。

底があるのか。

それを知るには。

自分で一段ずつ降りるしかない。

そうめん
そうめん

先が見えないから怖いんじゃなくて、先を見る方法がないのか。

司書
司書

そうですね。答えを知るには、自分自身が進み続けるしかありません。

そうめん
そうめん

でも、進んでも答えがある保証はない。

司書
司書

そこが重要です。

階段の途中に現れる「顔」

そして。

探索者は階段の中で、もう一つの存在に遭遇する。

SCP-087-1。

それは、人間の顔のように見える。

だが。

瞳孔がない。

鼻孔がない。

口もない。

ただ。

暗闇の中に、顔だけが存在している。

探索者はこの存在と遭遇すると、強い恐怖と偏執的な感覚を示す。

ただし。

その恐怖が異常な作用によるものなのか。

単純に。

暗い階段の中で正体不明の顔に遭遇した人間として当然の反応なのか。

それすら判明していない。

そして、この顔は。

下から聞こえる子どもの声の主ではないとされている。

つまり。

階段には少なくとも。

辿り着けない声と。

正体の分からない顔が。

別々に存在している。

怖いのは「何かがいること」ではない

怪談には。

最後に正体が明らかになるものが多い。

幽霊だった。

怪物だった。

人間だった。

正体が分かれば。

少なくとも物語には終わりが生まれる。

SCP-087には、それがない。

子どもは誰なのか。

なぜ泣いているのか。

顔は何なのか。

なぜ階段は続いているのか。

どこまで続いているのか。

その先には何があるのか。

どれも。

答えが与えられない。

だから恐怖が終わらない。

怪物の姿を見せるより。

「まだ何かある」と思わせ続ける。

この階段は。

その構造自体が恐怖になっている。

人は「終わり」があるから進める

階段を降りるとき。

私たちは無意識に。

いつか一階に着くと思っている。

トンネルに入れば。

反対側に出口があると思う。

長い仕事にも。

いつか終業時間が来る。

つらい一日にも。

夜が来る。

人間は。

「終わりがある」と信じることで、途中を耐えることができる。

あと十段。

あと一時間。

あと一日。

終点が分かれば。

そこまで進めばいい。

だがSCP-087では。

「あと何段」という数字を持つことができない。

次の踊り場を曲がっても。

そこにあるのは。

また同じ階段だ。

そうめん
そうめん

なんか分かってきた。

司書
司書

何がです?

そうめん
そうめん

階段そのものが怖いんじゃない。あと何段か分からないのが嫌なんだ。

司書
司書

ええ。終点が分からないと、「ここまで頑張ればいい」という約束がなくなりますから。

それでも、人は次の一段を降りる

SCP-087では、複数回の探索が行われた。

そして。

最後の探索結果を受け。

財団は内部への立ち入りを禁止している。

入口は閉ざされた。

さらに、その後。

扉の向こうから。

一定ではない間隔で。

ノックする音が聞こえるようになった。

そのため扉の内側には、厚い緩衝材が取り付けられた。

やがて。

ノックについての報告はなくなった。

階段は閉じられた。

だが。

終点が見つかったわけではない。

声の正体が分かったわけでもない。

顔が何者なのか判明したわけでもない。

ただ。

扉を閉めただけだ。

その向こうには今も。

13段。

踊り場。

また13段。

そして。

さらに下へ続く階段があるのかもしれない。

終わりがないことは、なぜ怖いのか

底に怪物がいるなら。

怪物を恐れればいい。

地下に死体があるなら。

その事実を恐れればいい。

だが。

何があるのか分からない。

そもそも何かがあるのかも分からない。

終点が存在するのかさえ分からない。

その状態では。

恐怖の形を決めることができない。

だから想像だけが。

階段より先へ進んでいく。

そして人は。

自分の頭の中で。

最も恐ろしい「その先」を作り始める。

終わりのない場所が怖いのは、そこに恐ろしいものが待っているからではない。

何が待っているのかを、永遠に確かめられないからなのかもしれない。

そうめん
そうめん

じゃあ結局、階段の一番下には何があるんだ?

司書
司書

分かりません。

そうめん
そうめん

子どもの声は?

司書
司書

分かりません。

そうめん
そうめん

あの顔は?

司書
司書

それも。

そうめん
そうめん

……なんにも分かんねえな。

司書
司書

ええ。

司書
司書

だから、まだこの階段は怖いのでしょう。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

司書
司書

また次の資料でお会いしましょう。

資料・出典

SCP-087は、Zaeyde氏によってSCP Foundationで公開されている創作作品です。本記事では、原典に描かれる終点不明の階段、子どものものと思われる声、SCP-087-1、探索記録と収容措置をもとに、深夜資料室独自の視点から「終わりが見えないことへの恐怖」「目的地に辿り着けない不安」「未知を想像する人間の心理」について考察しています。SCP-087およびSCP Foundationに関する記述は創作上の設定です。

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