リゾートバイト――旅館の二階で育っていたもの

怪異記録
司書
司書

ようこそ、深夜資料室へ。

今夜の記録は、インターネット怪談の中でも特に有名な長編作品です。

タイトルは――「リゾートバイト」

この怪談を語る人の多くは、決まってこう言います。

「一番怖かったのは怪物じゃない」

と。

確かに、この物語には異形の存在が現れます。

人ではないものが現れます。

ですが読み終えた時に心へ残るのは、それらとは別の恐怖です。

今夜は、その記録を辿ってみましょう。

怪異記録概要

そうめん
そうめん

リゾートバイトって聞くと怖そうな題名じゃないな。

司書
司書

だからこそ有名になったのかもしれません。

海辺の旅館。

大学生たちの夏休み。

住み込みアルバイト。

始まりだけ見れば、青春小説のような内容です。

しかし彼らが働くことになった旅館には、一つだけ奇妙な点がありました。

誰も使っていないはずの二階。

そして毎日のようにそこへ運ばれる食事。

物語は、その違和感から始まります。

海辺の旅館

大学三年生だった語り手は、友人二人と共に海辺の旅館で住み込みバイトを始めます。

旅館の人々は親切でした。

女将の真樹子。

近所で育った美咲。

気さくな旦那。

働き始めてからも大きな問題はありません。

むしろ「当たりのバイト先だった」と語るほどです。

しかし到着初日から、一つだけ気になる話がありました。

旅館には二階がある。

なのに使っていない。

客室にもなっていない。

女将はそれ以上の説明をしませんでした。

最初は誰も気にしません。

ですが人間というのは不思議なもので、違和感は積み重なるほど大きくなっていきます。

やがて友人Bが言いました。

「女将さん、よく二階に飯持って行ってないか?」

その言葉が全ての始まりでした。

誰もいない二階

女将は確かに毎日のように食事を運んでいました。

しかし二階には誰もいない。

少なくとも語り手たちは、一度も人影を見たことがありません。

さらに語り手自身も、女将が誰もいないはずの客室から出てくる姿を目撃します。

違和感は疑念へ変わりました。

そしてある日。

三人はついに女将の後を追います。

女将が二階へ続く外階段を上がり、再び降りてきたのを確認した後。

彼らは扉を開けてしまいます。

そうめん
そうめん

やめろ。

絶対やめろ。

司書
司書

ホラー作品における正しい反応ですね。

しかし彼らは行ってしまいました。

扉の向こうには狭い階段。

薄暗い空間。

そして友人Bだけが感じた異臭。

語り手は好奇心に負け、一人で上へ向かいます。

それが取り返しのつかない一歩でした。

残飯と爪

二階の奥には扉がありました。

その扉は異様な状態でした。

無数の札。

大量の釘。

蜘蛛の巣のように張り巡らされた紐。

誰が見ても分かる。

そこには何かが封じられていたのです。

そしてその近くには。

腐敗した大量の残飯。

積み重なった食事。

蝿。

強烈な悪臭。

語り手が逃げ帰ろうとしたその瞬間でした。

扉の向こうから聞こえたのです。

ガリガリガリガリガリ……

何かが爪で引っ掻く音。

そして、

ひゅー……ひゅっ、ひゅー……

不規則な呼吸音。

さらに恐ろしいことが起こります。

その音は突然、頭上へ移動したのです。

まるで天井裏を這うように。

そうめん
そうめん

もう帰ろうぜ。

司書
司書

帰ろうとしたのです。

ですが、それだけでは終わりませんでした。

下にいた友人たちは、語り手とは全く違う光景を見ていました。

語り手は立ち尽くしていたはずでした。

しかし彼らには、

語り手が腐った残飯を貪り食っているように見えた。

本人には記憶がない。

だが服には腐敗した食べ物が付着している。

手には掴んだ痕跡がある。

さらに足には大量の傷。

そして床には――

爪。

無数の爪の欠片。

Bが見たもの

この怪談で最も重要なのはBです。

なぜならBだけが別のものを見ていたからです。

Bは語ります。

語り手の周囲には影がいた。

一つではない。

複数。

そしてそれらは、

壁や天井に張り付いていた。

人間ではない。

人間の形をしている何か。

蜘蛛のように這い回る存在。

語り手が聞いた引っ掻く音。

呼吸音。

それらは封じられた扉の向こうではなく、

すぐ近くで鳴っていた可能性があったのです。

そうめん
そうめん

これ地味に一番怖いな。

司書
司書

私もそう思います。

見えなかったから助かったのか。

見えていたらもっと危険だったのか。

最後まで分かりません。

異変が始まった夜

旅館を逃げ出した三人は、坊主たちの元へ連れて行かれます。

そこで語られたのは、

「持って行かれる」

という言葉でした。

そして彼らは憑き物を祓うため、おんどうと呼ばれる小屋へ閉じ込められます。

夜明けまで。

飲食禁止。

会話禁止。

明かり禁止。

扉を開けることも禁止。

そうめん
そうめん

ルールが多い怪談は嫌な予感しかしない。

司書
司書

そして予感は当たります。

夜になると、あの呼吸音が現れます。

引きずる音。

徘徊する音。

そして――

美咲の声。

「Bくん」

「おにぎり作ってきたよ」

しかしそれは美咲ではありません。

声だけが美咲なのです。

抑揚のない声。

繰り返される同じ言葉。

やがて壁を叩き始める何か。

そして隙間から見えた姿。

黒い顔。

異様に白い目。

壁へ何度も頭を打ち付ける存在。

それでも喋り続ける存在。

この場面こそ、多くの読者が忘れられないシーンでしょう。

怪異の正体

翌日。

坊主は真相を語ります。

この土地には昔から伝承がありました。

海で子供を失った母親。

帰らない我が子。

その悲しみ。

やがて生まれた禁忌の儀式。

それは失った子供を呼び戻す儀でした。

しかし戻るのは本当に子供なのか。

そこが問題でした。

伝承では、その存在は成長していきます。

這う。

歩く。

喋る。

立つ。

そして最後には人のようになる。

けれどそれは、生き返りではありません。

何か別のものです。

なぜ有名なのか

リゾートバイトが傑作と呼ばれる理由は数多くあります。

まず圧倒的な構成力。

二階への違和感。

残飯。

爪。

Bの証言。

おんどう。

女将の真相。

全てが段階的に積み重なります。

そして読者は気付くのです。

怪物が怖いのではない。

怪物が育つ過程が怖い。

のだと。

何が怖いのか

そうめん
そうめん

結局この話の一番怖いところってどこなんだ?

司書
司書

私は女将だと思います。

子供を失った母親。

そこまでは理解できます。

帰ってきてほしい。

それも理解できます。

しかし理解できる感情が、理解できない行動へ繋がる。

だから恐ろしいのです。

怪物は最初から怪物です。

けれど女将は違う。

普通の人だった。

優しい人だった。

それでも我が子を失った悲しみは、禁忌に手を伸ばさせてしまった。

そこに人間の怖さがあります。

考察

作中で最後まで答えは出ません。

女将が本当に息子を見ていたのか。

別の何かだったのか。

複数いた怪異は何だったのか。

本当に息子は混じっていたのか。

全て不明です。

ただ一つ言えることがあります。

この作品のテーマは怪異そのものではなく、

「喪失を受け入れられない人間」

なのではないでしょうか。

だから読者は怪物ではなく女将を忘れられない。

そして読後に残るのは恐怖だけではなく、どうしようもない悲しさなのです。

まとめ

司書
司書

リゾートバイトは、怪物の話ではありません。

失ったものを取り戻そうとした人間の話です。

そして時に、人間の願いは怪異より恐ろしい結果を生みます。

旅館の二階で育っていたもの。

それが何だったのか。

私たちは最後まで知ることはできません。

ですが――

帰ってこない方が幸せだったものも、この世にはあるのかもしれません。

ライセンス

本記事は原典怪談の内容を引用・紹介する解説記事です。著作権は原著作者に帰属します。

そうめん
そうめん

俺さ。

二階どころか階段見つけた時点で帰るわ。

司書
司書

それができる人間は、怪談の主人公にはなれません。

そうめん
そうめん

なりたくねぇよ。

コメント