BEN Drowned(ベン・ドラウンド)|中古の『ムジュラの仮面』に残っていた「BEN」というセーブデータ

奇妙な記録

そうめん
そうめん

中古ゲームって買ったことある?

司書
司書

ありますよ。

そうめん
そうめん

前の持ち主のセーブデータが残ってたらどうする?

司書
司書

特に必要がなければ、消しますね。

そうめん
そうめん

……やっぱ消すよな。

司書
司書

何か問題でも?

そうめん
そうめん

いや。それを消したところから始まる話があるんだ。

2010年9月7日。

海外掲示板4chanの超常現象板「/x/」に、一人のユーザーが奇妙な体験を書き込みました。

ユーザー名は、Jadusable(ジャダサブル)。

彼が手に入れたのは、Nintendo 64用ゲームソフト、『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』。

しかし、普通の中古ゲームではありませんでした。

ラベルには正式なタイトルが印刷されておらず、手書きで「Majora(ムジュラ)」とだけ書かれていた。

そしてゲームを起動すると、そこには前の持ち主が残したと思われるセーブデータが一つありました。

名前は、

「BEN(ベン)」。

やがてゲームの中で、本来起こるはずのないことが起こり始めます。

老人からもらったゲーム

物語の語り手ジャダサブルは大学生でした。

ある日、ガレージセールで一人の老人と出会います。

そして老人から、古いNintendo 64のカートリッジを譲り受けました。

手書きされた「Majora」の文字。

それ以外には、ほとんど何もない。

老人はゲームについて多くを語りません。

ただ、以前そのゲームを持っていた少年について尋ねられたとき、老人は名前を口にします。

Ben(ベン)。

ジャダサブルはカートリッジを持ち帰りました。

そして寮でゲームを起動します。

タイトル画面。

メニュー。

そこまでは普通でした。

しかしセーブデータを見ると、すでに一つだけファイルが存在していました。

「BEN」

という名前で。

「前の持ち主のデータだろう」

ジャダサブルはそう考えます。

BENのデータには触れず、自分用の新しいセーブデータを作りました。

名前は「Link(リンク)」。

そしてゲームを始めます。

「Link」ではなく「BEN」

最初のうちは普通でした。

ところがゲーム内のキャラクターが、ジャダサブルの操作する主人公を別の名前で呼び始めます。

自分が設定したのは「Link」。

なのにキャラクターは彼を、「BEN」と呼ぶ。

おそらく中古カートリッジ特有の不具合なのだろう。

以前のセーブデータの名前が、何らかの形で残っている。

ジャダサブルはそう考えました。

だったら、古いデータを消せばいい。

そして彼は、「BEN」のセーブデータを削除します。

ところが状況は改善しません。

BENを消した。

それなのに、BENの影響だけが残っている。

ここからゲームは、少しずつおかしくなっていきます。

存在しない「4日目」へ

『ムジュラの仮面』には、3日間を繰り返すという特徴的なシステムがあります。

ジャダサブルはそこで、通常とは違う状態を作り出す「4日目」のグリッチを試します。

すると――

ゲームがおかしくなりました。

気がつけば、主人公はクロックタウンにいる。

しかし、誰もいない。

いつもなら存在する住人たちが消えている。

町だけが残っている。

時間も正常に進まない。

そして無人の町の中で、どこからともなく「しあわせのお面屋」の笑い声が聞こえてくる。

誰もいない。

それなのに、笑い声だけが響いている。

やがてジャダサブルは、突然別の場所へ飛ばされます。

「ひどい目に遭いましたね?」

移動した先で、ゲームはさらに壊れていきます。

本来とは違う場所。

違う演出。

逆再生されたような音楽。

そしてジャダサブルの前に、奇妙な存在が現れます。

それは『ムジュラの仮面』にもともと登場する、「ぬけがらのエレジー」によって作られるリンクの像でした。

無表情。

大きく開いた目。

微妙に笑っているようにも見える顔。

本来なら、ただその場に立っているだけの人形です。

しかし今は違う。

ジャダサブルが移動する。

像がいる。

別の場所へ行く。

また、いる。

逃げても、いる。

まるでこちらを追いかけている。

そしてゲームは、一つのメッセージを表示します。

You’ve met with a terrible fate, haven’t you?

「ひどい目に遭いましたね?」

『ムジュラの仮面』にもともと存在する言葉です。

けれど、この状況では意味が違って見えます。

ゲームのキャラクターではなく、画面の向こうにいるジャダサブル本人へ向けられているように。

「証拠」の動画が公開された

ここがBEN Drownedを普通のネット怪談と大きく分けた部分です。

ジャダサブルは「こんなことが起きた」と文章で説明しただけではありませんでした。

実際のゲーム映像をYouTubeへ投稿したのです。

2010年9月7日。

最初の映像、「day four.wmv(デイ・フォー/4日目)」が公開されます。

読者はジャダサブルの文章を読んだ直後に、彼が説明した異常なゲーム画面を実際に見ることができました。

翌9月8日には、「BEN.wmv(ベン)」が公開されます。

文章を読む。

映像を見る。

掲示板へ戻る。

新しい書き込みがある。

また映像が公開される。

物語がリアルタイムで進んでいく。

2010年当時、この構造そのものが非常に強力でした。

老人の家へ戻る

ジャダサブルは、カートリッジを手放そうと考えます。

あの老人へ返せばいい。

そこで再び、ゲームを受け取った家へ向かいます。

しかし――

老人はいませんでした。

近所の人間から話を聞き、ジャダサブルはある少年について知ることになります。

Ben。

老人と関係のあった少年。

そして、その少年はすでに死亡していた。

水死していた。

ジャダサブルは考え始めます。

あのセーブデータ。

BEN。

ゲーム内で起こる異常。

自分を追ってくる像。

もしかすると、このカートリッジには、死んだBenがいるのではないか。

ここで「壊れた中古ゲーム」の話だったものが、「死者が宿ったゲーム」の話へ変わります。

BENはゲームの中だけにいるのか

だったらゲームをやめればいい。

電源を切る。

カートリッジを抜く。

それで終わる。

そう思います。

ところがBEN Drownedは、ここからさらに一段階進みます。

異常が、ゲームの外へ出始める。

ジャダサブルのコンピューター。

壁紙。

インターネット。

そして当時存在したチャットAI「Cleverbot(クレバーボット)」。

ジャダサブルは、ゲーム内の存在だったはずのBENと、コンピューターを通じて接触しているような状態へ追い込まれていきます。

そして一つの疑問が生まれます。

自分がネットへ投稿している文章は、本当に自分だけが書いているのか。

「DROWNED.wmv」――溺れた者

9月10日。

三つ目の映像、「DROWNED.wmv(ドラウンド/溺れた・溺死した)」が公開されます。

異常はさらに激しくなっていました。

ゲームそのものが別の作品へ変わったように見える場面。

不自然な挙動。

そして、あの像。

BENを象徴する存在として、ぬけがらのエレジーの像が繰り返し現れます。

その中で使われるのが、後にBEN Drownedを象徴する言葉の一つとなったメッセージです。

You shouldn’t have done that…

「そんなこと、するべきじゃなかった……」

何を?

BENのデータを消したことなのか。

ゲームを続けたことなのか。

動画を公開したことなのか。

それとも、BENについて他人へ知らせたことなのか。

この時点では、まだ分かりません。

ジャダサブルがおかしい

掲示板を追っていた読者たちは、さらに別の異常に気づき始めます。

ジャダサブル自身の文章です。

書き方。

説明。

情報。

どこかがおかしい。

そして9月12日。

今度は、ジャダサブルの「ルームメイト」を名乗る人物が現れます。

ジャダサブル本人ではない。

ルームメイトが代わりに情報を投稿している。

さらに、「jadusable.wmv(ジャダサブル)」という映像が公開されます。

ジャダサブルに何かが起きたのか。

BENに襲われたのか。

彼はどこへ行ったのか。

読者には分かりません。

しかし、さらに3日後。

物語は決定的なところまで進みます。

9月15日「TheTruth」――真実

ジャダサブルが残していたというファイルが公開されます。

「TheTruth.rtf(ザ・トゥルース/真実)」

そこには、これまで語られていた内容を覆す情報が記録されていました。

そして特に重要なのが、「ルームメイト」。

実は――

ジャダサブルには、そのようなルームメイトはいなかった。

では、誰がルームメイトとして投稿したのか。

物語の中で示される答えは、BEN。

BENがジャダサブルになりすまし、情報を操作していた。

さらに恐ろしいことが示唆されます。

BENは、もうカートリッジの中だけにはいない。

読者がファイルをダウンロードする。

映像を見る。

情報をコピーする。

共有する。

それによって、BENはインターネットへ広がっていく。

ジャダサブルがBENについてネットへ公開したことで、逆にBENへ出口を与えてしまった。

物語はそんな構造へ変わっていきます。

そうめん
そうめん

待って。じゃあ読んでた人も利用されたってこと?

司書
司書

物語の中では、そういうことになります。

そうめん
そうめん

ゲームから出るために?

司書
司書

ええ。読者そのものが出口だった。

「今や、僕はどこにでもいる」

BEN Drownedの怖さは、「呪われたゲーム」の部分だけではありません。

最初は、一つの中古カートリッジ。

そこに残っていた、BENというセーブデータ。

しかしジャダサブルが異常をネットへ公開する。

読者が見る。

動画が拡散される。

ファイルがダウンロードされる。

物語の中では、それこそがBENの目的だった可能性が示されます。

ゲームから、パソコンへ。

パソコンから、インターネットへ。

一台のNintendo 64に閉じ込められていた存在が、ネット上へ放たれた。

Now I am everywhere.

「今や、僕はどこにでもいる。」

そしてジャダサブルは、物語の中から姿を消します。

ここまでが「最初のBEN Drowned」

BEN Drownedについて調べると、話が非常に複雑に見えます。

Moon Children(ムーン・チルドレン)。

謎のウェブサイト。

暗号。

読者参加。

ARG(代替現実ゲーム)。

そして2020年の復活。

理由は単純です。

物語がここで終わらなかったからです。

最初の「Haunted Cartridge(ホーンテッド・カートリッジ/呪われたカートリッジ)」編は、2010年9月7日から15日まで。

その直後から、物語はMoon Childrenを中心とした次の展開へ進みました。

読者がWebサイトを探索し、謎を解き、行動を選択する。

ただ読むだけだった怪談が、参加する物語へ変わった。

そして長い休止期間を経て、2020年には最終章「Awakening(アウェイクニング/覚醒)」が展開されます。

BEN Drownedとは単なる一本のクリーピーパスタではなく、長期間にわたって展開された巨大なネット作品だったのです。

本当に呪われたゲームだったのか

ここから現実の話をします。

もちろん、呪われた『ムジュラの仮面』が発見された実在事件ではありません。

作者は、Alex Hall(アレックス・ホール)。

ネット上ではJadusableという名前を使用していました。

2010年当時、大学生だったホールが制作したホラーストーリーです。

文章。

ゲーム映像。

YouTube。

4chan。

専用Webサイト。

暗号。

読者とのやり取り。

それらを一つの物語へ組み込んでいきました。

そして重要なのは、最初から「これはホラー小説です」と提示されなかったこと。

読者がジャダサブルの書き込みを読む。

動画を見る。

次の投稿を待つ。

何が演出で、何が現実なのか。

その境界そのものが、作品の一部でした。

なぜBENはこれほど残ったのか

そうめん
そうめん

でも「呪われたゲーム」って話なら、他にもいっぱいあるよな。

司書
司書

あります。

そうめん
そうめん

なんでBENだけ、こんな有名になったんだろ。

司書
司書

おそらく――ゲームだけで終わらなかったからでしょう。

もし文章だけなら、「中古ゲームに幽霊がいました」という怪談です。

しかしBEN Drownedでは、読者が文章を読んでいる途中で「証拠」とされる動画を見ることができました。

次の投稿がいつ来るか分からない。

投稿者自身がおかしくなっていく。

さらに最後には、自分が読んでいること自体が物語へ組み込まれる。

BENは画面の中からこちらを見ている。

そう感じさせる仕組みが作られていました。

消してはいけなかったもの

最初に戻ります。

中古ゲーム。

一つだけ残っていた「BEN」というセーブデータ。

ジャダサブルは、それを消しました。

ただゲームを最初から遊ぶために。

それだけです。

もし消さなかったら?

ゲームを始めなかったら?

動画を撮らなかったら?

4chanへ投稿しなかったら?

物語の中では、BENはカートリッジの中に残っていたのかもしれません。

しかしジャダサブルは、異常を見つけるたびに、それを記録しました。

そして世界へ公開した。

そうめん
そうめん

……Tedと似てんな。

司書
司書

どこがでしょう。

そうめん
そうめん

やめればいいところが、何回もあった。

司書
司書

そうですね。

小さな異常を見つける。

気になる。

確かめる。

さらに異常が起こる。

それでも、もう一度確かめる。

Tedは穴を広げました。

ジャダサブルはゲームを続けました。

そして最後には、自分が見つけたものを他人へ見せた。

2010年9月。

一つの中古ゲームから始まった物語は、YouTubeへ。

掲示板へ。

Webサイトへ。

そして世界中の読者へ広がりました。

物語の中でBENが望んだ通りに。

ゲームを消すことはできる。

セーブデータも消すことができる。

でも一度インターネットへ出てしまったものは――

もう、一つのカートリッジには戻せません。

出典・参考

  • Within Hubris / Jadusable ― BEN Drowned原作者による公式アーカイブ
  • Within Hubris ― BEN Drowned Timeline
  • Alex Hall(Jadusable)へのインタビュー資料
  • 2010年公開「Haunted Cartridge」編および関連映像資料

※BEN Drownedは実在事件ではなく、アレックス・ホールによって制作されたインターネットホラー/ARG作品です。本記事では物語内の出来事と現実の制作背景を分けて記載しています。

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