「救い」を信じた世界は、なぜ滅びたのか――SCP-093と鏡の向こうの終末

奇妙な記録
そうめん
そうめん

鏡の向こうに別の世界があるって、ちょっとワクワクするな。

司書
司書

では、その世界から人間が消えていたら?

そうめん
そうめん

……廃墟ってこと?

司書
司書

廃墟だけではありません。巨大な何かが、今も地上を這っています。

そうめん
そうめん

人類を滅ぼした怪物?

司書
司書

そこが、この記録の嫌なところです。

司書
司書

彼らも、もとは人間だった可能性があります。

鏡は、本来こちら側を映すものだ。

自分の顔。自分の部屋。自分の背後にある景色。そこに映るものは、少なくとも同じ世界に存在している。

では、その鏡が突然、別の世界を映し始めたら。

そして鏡の向こうへ、本当に入れるとしたら。

そこには、私たちとは少し違う文明があった。高度な技術を持ち、宗教によって統一され、「神」の恩恵を受けて発展した世界。

だが財団が辿り着いたとき、その文明はすでに終わっていた。

残っていたのは、無人の都市。放棄された農場。地下に閉じこもった家族の遺骨。そして地上を這い続ける、巨大な人型の存在だった。

SCP Foundationで公開されている創作作品、SCP-093「Red Sea Object」。

これは単なる異世界探索の記録ではない。

「救ってやる」と現れた存在を、世界全体が信じたあとに何が残ったのか。

その痕跡を、鏡の向こうから拾い集めていく記録である。

鏡を求める赤い円盤

SCP-093は、主に辰砂に似た石質の物質からできた赤い円盤だ。直径は約7.62センチ。表面には円形の彫刻と、意味の分からない記号が刻まれている。

人間が手に持つと、その人物によって色が変化する。財団は、その色と持ち主が抱える後悔や罪悪感との関連を疑っている。

だが、本当に奇妙なのは鏡との関係だった。

SCP-093を誰も持っていない状態で鏡から離すと、円盤は自ら立ち上がり、近くの鏡へ向かって転がり始める。障害物があっても止まらず、速度を上げて突破しようとする。

そして鏡に到達すると、何事もなかったように静止する。

財団は当初、なぜ鏡の上に保管する必要があるのかを調べていた。

その実験中、偶然ひとつの性質が判明する。

人間がSCP-093を持ったまま鏡へ触れると。

その人間は、鏡の中へ入ることができた。

鏡の向こうは、反射ではなかった

財団は被験者に命綱、カメラ、食料、水、照明などを装備させ、鏡の向こうを調査する実験を開始した。

SCP-093が示す色によって、到着地点は変化する。

青の実験では、何もない草原と地下施設。緑では、放棄された農場。別の実験では、都市や医療施設らしき場所が確認されていく。

場所は違う。

だが、どこへ行っても共通していたことがある。

人がいない。

建物はある。食料の箱もある。コンピューターもある。新聞、日記、子どもの玩具まで残されている。

つまり、かつては普通に生活していた人々がいた。

それなのに、文明だけを残して住民が消えている。

代わりに地上を歩いていたのが、財団の記録で「Unclean――不浄なるもの」と呼ばれる巨大な存在だった。

顔のない巨大なもの

最初の探索で、鏡を監視していた財団職員は異様な存在を目撃する。

人間のおよそ50倍にも見える巨大な人型。顔には目も鼻も口もなく、短い腕を使って地面を這っていた。

別の探索では、同じような存在が複数確認される。

普段の動きは遅い。

しかし、標的を認識すると異常な速度で接近する。

さらに接触した人間は、殺されるというよりも、その存在の中へ取り込まれるように消えてしまう。

街が滅びた理由は、この怪物なのか。

最初はそう見える。

だが探索で回収された新聞や日記を読むと、話はもっと複雑になっていく。

その世界には「神」がいた

鏡の向こうの世界は、財団によってE-093と呼ばれる。

そこには「Most Holy Father」を頂点とする巨大な宗教社会が存在していた。

回収資料によれば、数百年前、この世界に神のような存在が現れた。

その存在は、人間社会を罪に汚れていると告げる。

そして世界を清めるためには、「罪人」を浄化しなければならないと説いた。

ただし、言葉だけではなかった。

人類には、それまで持っていなかった高度な科学技術まで与えられたと記録されている。

文明は急速に発展した。

そして。

その技術は、人間同士の「浄化」に使われた。

そうめん
そうめん

神様が技術をくれたの?

司書
司書

この世界の記録では、そう信じられていました。

そうめん
そうめん

で、それを使って世界を良くした?

司書
司書

いいえ。誰が「罪人」なのかを決め、排除するためにも使いました。

そうめん
そうめん

……もう嫌な流れだな。

司書
司書

しかも、それで終わりではありません。

「神の涙」

E-093の記録には、繰り返し「His Holy Tears――神の聖なる涙」と呼ばれる物質が登場する。

それは治療や「浄化」に利用されていた。

罪を洗い流す。

身体を治す。

人間を正しい状態へ戻す。

少なくとも社会では、そう説明されていた。

しかし回収された医療記録を読むと、「浄化」は必ずしも救済とは呼べない。

権力へ逆らった人間。社会から「不純」と判断された人間。問題があると見なされた人間。

彼らは治療の名目で、この液体を使った処置へ送られていた。

さらに後の記録では、もっと恐ろしい可能性が明らかになる。

巨大な「Unclean」は、外からやってきた怪物ではない。

高濃度の「涙」に曝された人間が変化したものだった可能性がある。

怪物は、もともと人間だった

黄色の探索で回収された技術者の日記には、社会が崩壊する直前の記録が残されていた。

彼は施設内へ侵入したUncleanの組織を調査する。

そして、それまで教えられてきた説明を疑い始める。

Uncleanは、罪人から自然に生まれる怪物ではない。

自分たちと同じ人間だったのではないか。

さらにその身体は、普通の生物とは違う。分子そのものが不安定に組み替わり、空間や時間をまたぐような性質まで示していた。

死なない。

人間を取り込む。

そして世界中へ広がっていく。

救済のために使われたものが。

世界を終わらせる存在を作っていた。

地下に残された家族の日記

この記録の中でも、世界の終わりを最も身近に感じさせる資料がある。

緑の探索で発見された、一人の農夫の日記だ。

彼は妻と二人の子どもと暮らしていた。

周辺では住民が消え始め、新聞は避難を呼びかける。やがて家の近くにもUncleanが現れ、一家は地下のシェルターへ逃げ込む。

しかし息子の一人が逃げ遅れた。

巨大な存在が少年へ覆いかぶさる。

次の瞬間。

少年の身体は消え、服だけが残った。

一家はシェルターへ閉じこもる。

だが食料は傷み、外には何十体ものUncleanが集まっている。

父親は悟る。

もう逃げられない。

そして最後に、家族を苦しませないための決断を日記へ残した。

探索隊がそのシェルターへ入ったとき。

そこには三人分の遺骨と、弾を撃ち尽くした拳銃が残されていた。

世界の終末は、いつも巨大な爆発として訪れるわけではない。

ある家族にとっては。

地下室の扉を閉めた夜が、世界の終わりだった。

そして財団の記録が見つかる

最後の赤い探索で、事態はさらに奇妙になる。

回収された資料の中に。

「The Foundation」のエージェントを名乗る人物の記録があった。

記録上、その人物がいた世界の年代は1972年。

つまりE-093には、現在の財団より前に、別の財団関係者がSCP-093を使って侵入していたことになる。

彼は各地を探索し、回収された歴史を調べ、世界が滅びた経緯を追っていた。

そして最後に。

もっと大きな事実へ辿り着く。

神ではなかった

そのエージェントの記録によれば。

E-093へ現れた「神」は。

本当の神ではなかった可能性が高い。

それは世界と世界の狭間から現れ、人間へ呼びかけた何かだった。

人類はそれを神だと信じた。

与えられた技術を受け取り。

「罪」を教えられ。

その命令に従って世界を作り替えた。

そしてSCP-093もまた、その存在と関係していた。

エージェントは、SCP-093が世界同士を移動するための仕組みとして使われていたと推測する。

そこで彼は。

SCP-093を壊した。

破片を別々の場所、別々の「穴」へ投げ込み。

道を閉じた。

自分自身が帰れなくなることを承知したうえで。

そうめん
そうめん

じゃあ、あの赤い円盤って鍵だったの?

司書
司書

そのように読める記録です。世界と世界をつなぐための鍵。

そうめん
そうめん

壊したら、自分も帰れないじゃん。

司書
司書

ええ。

そうめん
そうめん

それでも壊した?

司書
司書

向こうにいるものを、こちらへ来させないために。

怪物たちは、死にたがっていた

エージェントの記録には、もうひとつ重要なことが残されている。

Uncleanは、ただ人間を食べているわけではなかった。

取り込まれた人々の意識や記憶は、その中に残り続けているらしい。

一人。

また一人。

何百、何千という人間を取り込みながら。

死ぬこともできない。

そして彼らは問い続けている。

なぜ自分たちだったのか。

なぜこんなことをされたのか。

その答えを。

誰も知らない。

エージェントはやがて、「彼」を見つける。

殴り。

銃を撃ち込む。

倒すことには成功した。

だが。

それで終わったとは書かれていない。

むしろ。

「また起き上がる」ことを前提にした言葉が残されている。

そして記録は途切れる。

世界を滅ぼしたのは、怪物だったのか

SCP-093を表面だけ追えば、鏡の向こうに怪物がいる話になる。

だが、残された資料を順番に読んでいくと、怪物が原因なのかさえ分からなくなってくる。

Uncleanは確かに人を襲った。

だが彼ら自身も、誰かによって作られた被害者だった可能性がある。

人々は神を信じた。

しかし、最初から騙されていたのかもしれない。

宗教は世界を統一した。

しかし同時に、「正しい人間」と「罪人」を分けた。

科学は飛躍的に発展した。

しかし、その技術は人間を浄化し、改造し、やがて怪物へ変えた。

世界を終わらせたものを、ひとつだけ選ぶことはできない。

怪物。

神。

宗教。

権力。

技術。

そして。

救われたいと願った人間自身。

それらすべてが少しずつ重なって。

ひとつの世界を終わらせた。

「救ってくれる存在」を、なぜ信じるのか

ここからは、この記録から読み取れるひとつの考察になる。

人間が最も危険なものを受け入れる瞬間は、それが敵として現れたときではないのかもしれない。

敵なら警戒できる。

逃げることも、戦うこともできる。

だが。

それが「あなたを救う」と言って現れたら。

病気を治し。

技術を与え。

社会を豊かにし。

自分こそが正しい道を知っていると語ったら。

その言葉を疑うことは、ずっと難しくなる。

SCP-093の向こう側に残されていたのは、悪魔に滅ぼされた単純な世界ではない。

救済を受け入れ続けた結果、何が救済なのかさえ分からなくなった世界だった。

だから最後に残った怪物たちでさえ。

もしかすると。

あの世界で最初に救われるべき存在だったのかもしれない。

そうめん
そうめん

結局、鏡の向こうの世界はもう助からないの?

司書
司書

少なくとも、財団が探索した時点では文明は崩壊しています。

そうめん
そうめん

じゃあ赤い円盤は、滅びた世界につながるだけ?

司書
司書

それなら、まだ安心できます。

そうめん
そうめん

……どういうこと?

司書
司書

SCP-093は、ひとつの世界だけに関係していたとは限りません。

そうめん
そうめん

あ。

司書
司書

世界を渡るための鍵だったのなら。

司書
司書

鏡の向こう側にあるものが。

司書
司書

永遠に向こう側だけにいる保証もない。

司書
司書

だから、ある財団のエージェントは。

司書
司書

帰る道まで捨てて、鍵を壊しました。

そうめん
そうめん

こっちに来させないために。

司書
司書

ええ。

司書
司書

そして私たちの世界には今も。

司書
司書

その鍵と同じ番号を持つ赤い円盤が。

司書
司書

鏡の上に置かれています。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

司書
司書

また次の資料でお会いしましょう。

資料・出典

SCP-093「Red Sea Object」は、SCP Foundationで公開されている創作作品です。原典では、鏡に引き寄せられる赤い円盤SCP-093と、それを用いた複数回の異世界探索が記録されています。探索先E-093では、崩壊した宗教社会、巨大な「Unclean」、治療や浄化に使われた「His Holy Tears」、過去に同世界へ侵入した財団エージェントの記録などが発見されます。本記事ではそれらの記録を整理し、「救済を名乗る存在を社会全体が受け入れたとき、何が起こるのか」という視点から考察しています。SCP-093およびSCP Foundationに関する記述は創作上の設定です。

原典:SCP-093 — Red Sea Object(SCP Foundation、CC BY-SA)

コメント