バニーマン|斧を持った「ウサギ男」は、なぜ実在の事件から怪物へ変わったのか

奇妙な記録

1970年10月。

アメリカ・バージニア州フェアファックス郡。

深夜の道路脇に、一台の車が停まっていた。

乗っていたのは、アメリカ空軍士官学校の士官候補生ロバート・ベネット(Robert Bennett)と、その婚約者。

二人が車内にいると、暗闇の中で何かが動いた。

やがて茂みの方から、一人の男が現れる。

白い服。

頭には、長い耳。

ベネットにはそれが、「白いウサギの着ぐるみ」に見えた。

男は車へ近づき、叫んだ。

「ここは私有地だ。車のナンバーも控えたぞ」

そして――

手にしていた手斧を、車へ投げつけた。

窓ガラスが割れる。

二人に怪我はなかった。

男は暗闇へ消えた。

車内には、木製の柄がついた手斧が残された。

警察にも通報された。

つまり、この時点の「バニーマン」は都市伝説ではない。

少なくとも、ウサギのような格好をした人物が、実際に車へ手斧を投げ込んだという事件が記録されている。

そして約10日後。

ウサギ男は、もう一度現れる。

最初の事件――車の窓を破った「白いウサギ」

最初の事件が起きたのは、1970年10月中旬。

場所はフェアファックス郡のギニア・ロード(Guinea Road)周辺だった。

当時この一帯では宅地開発が進んでいた。

ベネットと婚約者は車を停めていたところ、突然、白い服を着た人物に遭遇した。

当時の新聞でも事件は報じられ、男は「白いウサギの衣装を着ていた」と説明された。

ただし、衣装の細部については目撃者の認識に違いがあったとも伝えられている。

暗い夜だった。

突然の出来事でもある。

だから衣装の細部まで完全に一致していたとは言い切れない。

だが重要なのはそこではない。

白っぽい奇妙な格好をした人物が現れ、侵入者だと怒鳴り、車へ手斧を投げ込んだ。

そして警察が事件として扱った。

手斧も実在した。

これは後から作られた怪談の部分ではない。

そうめん
そうめん

待って。俺、都市伝説だから「昔ウサギ男を見た人がいたらしい」くらいの話だと思ってた。

司書
司書

そこがこの話の面白いところです。後世に付け加えられた話は大量にありますが、最初には実際の事件があります。

そうめん
そうめん

じゃあ、そのウサギ男は捕まったの?

司書
司書

いいえ。そして、その直後にもう一度現れます。

10日後――建設現場に現れたウサギ

1970年10月29日夜。

ギニア・ロード沿いの住宅建設現場。

警備員のポール・フィリップス(Paul Phillips)が、まだ人の住んでいない新築住宅の近くで奇妙な人物を見つけた。

今度の人物は、灰色、黒、白が混ざったようなウサギの衣装。

そして、長い柄の斧を持っていた。

フィリップスが近づく。

すると男は、住宅のポーチを支える柱へ斧を振り下ろし始めた。

一度。

二度。

さらに何度も。

柱には複数の傷が残った。

男は、自分の土地へ人々が入り込んでいるという趣旨の言葉を叫び、ここから出ていかなければ頭を叩き割ると警備員を脅したという。

フィリップスは車へ戻ろうとした。

その間に、ウサギ姿の男は斧を持ったまま森へ逃げ込んだ。

警察は通報を受け、複数の警察官を現場へ向かわせた。

だが、男はいなかった。

二つの事件には共通点があった

ここで二つの事件を並べてみる。

一件目。

奇妙な白い衣装。

手斧。

車。

そして、「ここは私有地だ」という怒り。

二件目。

ウサギの衣装。

斧。

建設現場。

そして再び、「ここから出ていけ」という怒り。

場所も近い。

時期もわずか十日ほどしか離れていない。

そのため、二つの事件が同じ人物によるものだった可能性が考えられた。

男が怒っていた対象にも共通点がある。

土地だった。

当時この地域では住宅開発が進んでいた。

森や空き地が切り開かれ、新しい住宅地へ変わっていく。

後年、この事件を詳しく調べたフェアファックス郡の歴史資料研究者ブライアン・A・コンリー(Brian A. Conley)は、当時の新聞や警察資料などからバニーマン伝説の形成過程を調査している。

もちろん、男が土地所有者だったのか、近隣住民だったのか、開発へ反発していた人物なのか、単なる悪戯だったのかは分からない。

ただ、二度とも「自分の場所へ入ってくるな」という怒りが見えている。

「アックスマン」から電話がかかってきた

さらに奇妙な出来事が続く。

警察は二件目の事件を捜査した。

10月31日。

捜査員が住宅開発会社側を訪れたあと、その関係者のもとへ電話が入った。

電話の相手は自らを、「Axe Man(アックスマン/斧男)」と名乗ったという。

電話の男は、木の切り株や枝などを自分の土地へ捨てているという趣旨の不満を口にした。

そして、直接会って話せば解決できると持ちかけた。

警察は待ち伏せを行った。

もし現れれば、正体が分かる。

二度の「ウサギ男」と同じ人物なのかもしれない。

だが――

アックスマンは現れなかった。

この電話の人物が、本当に二度の事件を起こした人物だったのかも分からない。

捜査は続いたが、決定的な証拠は得られなかった。

そうめん
そうめん

ここまでは普通に「変な格好をした危険人物」の事件なんだな。

司書
司書

ええ。まだ怪異ではありません。ところが、この頃から話が急速に増え始めます。

ウサギ男が、増え始める

新聞で事件が報じられる。

地域では、「ウサギの格好をした斧男がいる」という話が広まる。

すると警察へ、バニーマンを見たという情報が次々と寄せられるようになった。

森で見た。

道路で見た。

子どもが知っている。

学校で噂になっている。

ところが警察が調べていくと、状況はおかしくなっていった。

ある子どもは、「バニーマンを知っている」と話す。

詳しく聞いてみる。

すると実際に会ったわけではない。

学校で他の子どもから聞いただけだった。

別の子どもも同じ。

見たという話。

聞いたという話。

誰かの友達が会ったという話。

噂が噂を呼び、事件そのものより速く広がっていった。

そして1973年。

メリーランド大学の学生パトリシア・ジョンソン(Patricia Johnson)がバニーマンについて調査すると、すでに54もの異なるバージョンが集まったとされている。

たった数年。

最初は二つの事件だった。

それが、五十を超える物語になっていた。

そして「殺人鬼」になった

ここから、事実として確認できる事件と都市伝説を分ける必要がある。

1970年に記録された二件では、誰も殺されていない。

一件目では車の窓が壊された。

二件目では建物の柱が斧で傷つけられ、警備員が脅された。

恐ろしい事件ではある。

だが、殺人事件ではない。

ところが噂の中のバニーマンは、次第に人を殺し始める。

子どもを殺した。

若者を襲った。

遺体を木へ吊るした。

ウサギを殺して食べた。

森の中で人間を待っている。

話す人が変わるたびに、新しい要素が追加されていった。

そして最終的に、バニーマンには「過去」まで作られる。

精神病院から逃げた殺人鬼

現在ネット上で語られる有名なバニーマン伝説には、こんな物語がある。

20世紀初頭。

バージニア州クリフトン近郊に精神病院があった。

住民の反対などによって施設が閉鎖され、収容者を別の場所へ移送することになった。

ところが移送中、バスが事故を起こす。

複数の収容者が逃走。

森へ逃げ込んだ。

警察が捜索していると、森の中で殺されたウサギが次々と見つかる。

やがて脱走者の一人が、橋から吊るされた状態で発見される。

しかし、もう一人だけ見つからない。

その人物こそ、バニーマンだった。

――という話だ。

完成度は高い。

なぜ森にいるのか。

なぜウサギなのか。

なぜ殺人鬼なのか。

なぜ橋に現れるのか。

すべて説明できる。

ただし。

この物語を裏付ける精神病院も、脱走事件も、殺人事件も確認されていない。

地域の歴史資料や過去の事件記録を調査しても、伝説に一致する事件は確認されていない。

少なくとも、現在知られている「精神病院から逃げた殺人鬼」という物語を、1970年以前の史実として扱う根拠はない。

そうめん
そうめん

えっ。じゃあ精神病院の話、丸ごと後からできたの?

司書
司書

確認できる記録ではそう考えるのが自然です。しかも面白いのは、最初の事件とは場所まで変わっていったことです。

バニーマン・ブリッジ

現在バニーマンと聞いて、最も有名なのはおそらくここだ。

バージニア州クリフトン近郊。

コルチェスター・オーバーパス(Colchester Overpass)。

道路の上を鉄道が通る、小さなトンネル状の高架。

現在では、Bunny Man Bridge――バニーマン・ブリッジと呼ばれている。

夜。

森。

狭い道路。

頭上には古い鉄道橋。

確かに、怪談の舞台としては完璧に近い。

ところが、1970年に記録された二つの事件は、この橋で起きていない。

舞台はギニア・ロード周辺だった。

つまり都市伝説は、事件の舞台そのものまで移動させた。

そして橋へ移ったことで、新しいルールが追加されていく。

ハロウィーンの深夜に橋へ行く。

名前を三回呼ぶ。

バニーマンが現れる。

橋へ近づいた人間が殺される。

遺体が吊るされる。

そうした話が積み重なり、やがて橋そのものが、「バニーマンが現れる場所」として知られるようになった。

本物の事件より、作られた物語の方が有名になった

ここがバニーマンという話の面白いところだ。

普通の都市伝説なら、最初から事実かどうか分からない。

昔こんなことがあったらしい。

誰かが見たらしい。

そうやって始まる。

だがバニーマンには、出発点となった現実の事件が残っている。

1970年。

ギニア・ロード。

車。

若い男女。

白い奇妙な衣装。

手斧。

割れた窓。

約10日後。

建設現場。

ウサギ姿の人物。

長柄の斧。

傷つけられた柱。

警備員への脅迫。

警察の捜査。

ここまでは記録を追える。

ところが、そこから先。

精神病院。

脱走者。

大量の殺人。

吊るされた死体。

呪われた橋。

ハロウィーン。

名前を三回呼ぶ儀式。

そうした要素は、後から増えていった。

現実のバニーマンと、伝説のバニーマン。

二つはもう、ほとんど別の存在になっている。

ここから考察――なぜ「ウサギ」だったのか

ここからは考察になる。

まず最大の謎。

1970年の人物は、なぜウサギのような格好をしていたのか。

ハロウィーン直前だった。

単なる仮装だった可能性はある。

人を怖がらせるためだった可能性もある。

正体を隠すためだったのかもしれない。

あるいは、本人にとっては「ウサギ」のつもりですらなかった可能性も残る。

最初の目撃では、衣装の見え方について証言に差があった。

しかし二件目でも、目撃者は人物をウサギ姿として説明している。

二つの事件が同一人物なら、少なくとも、意図的に奇妙な姿をしていた可能性は高い。

そしてもう一つ。

なぜ土地への侵入に、これほど怒っていたのか。

森を守ろうとしていた人物だったのか

事件が起きた地域では、当時住宅開発が進んでいた。

木々が切られ、土地が造成され、住宅が建てられていく。

二度目の事件では、まさに建設中の住宅が標的になっている。

さらに「アックスマン」を名乗った電話の人物は、切り株や枝などを土地へ捨てることについて怒っていた。

もしこれらが同じ人物なら、一つの人物像が浮かぶ。

開発される土地の近くにいた誰か。

そこを自分の場所だと思っていた誰か。

そして、入ってくる人間を追い払おうとしていた誰か。

それなら、「ここは私有地だ」という言葉も、建設現場への攻撃も、一本につながる。

ただし、犯人は特定されていない。

だからこれは、あくまで記録から考えられる一つの可能性にすぎない。

都市伝説が作られる瞬間

むしろバニーマンで本当に興味深いのは、犯人よりも、事件のあとに起きたことなのかもしれない。

一人の奇妙な人物が現れた。

新聞に載った。

子どもたちが話した。

「俺も見た」

「友達が見た」

「森にいるらしい」

「人を殺したらしい」

話が広がる。

そのたびに、少しだけ怖くなる。

やがて、なぜウサギなのかという説明が必要になる。

だから過去が作られる。

なぜ橋に出るのかという説明が必要になる。

だから死体が吊るされる。

なぜ危険なのかという説明が必要になる。

だから殺人事件が増える。

そうして、二つの現実の事件を核にして、物語が自分自身を完成させていった。

1973年の時点ですでに多数の異なるバージョンが集められていたことを考えると、その変化は何十年もかかったわけではない。

わずか数年で始まっていた。

結局、バニーマンは誰だったのか

分からない。

1970年の二件を、同じ人物が起こしたのか。

「アックスマン」の電話も同じ人物だったのか。

なぜウサギのような衣装だったのか。

なぜ土地に執着していたのか。

その答えは残されていない。

警察は捜査した。

だが、人物を特定できないまま終わった。

だからバニーマンには、奇妙な二重構造が残った。

伝説のバニーマンは、ほぼ作り話である。

しかし、

その作り話を生み出した「何者か」は、本当にいた。

司書
司書

精神病院も、橋の殺人鬼も、記録を追えば後から作られた物語だと分かります。

そうめん
そうめん

でも最初のウサギ男だけは消えないんだな。

司書
司書

ええ。車の窓は割られ、斧は残り、警察も捜査しました。そこだけは物語ではありません。

1970年10月。

夜のバージニア。

白い奇妙な服を着た男が、暗闇から現れた。

手には斧。

男は、「ここから出ていけ」と叫んだ。

そして森へ消えた。

後になって人々は、その男へ過去を与えた。

殺人を与えた。

橋を与えた。

呪いまで与えた。

だが、本当に知りたかったはずのことだけは、最後まで分からなかった。

あの夜、斧を持って立っていた男は――

いったい誰だったのか。

出典・参考資料

  • The Washington Post ― バニーマン事件・伝説形成に関する過去記事
  • Fairfax County Public Library, Virginia Room ― Brian A. Conleyによるバニーマン調査資料
  • 1970年当時のフェアファックス郡警察記録・新聞報道
  • Patricia Johnsonによる1973年のバニーマン伝承調査
  • フェアファックス郡・クリフトン周辺の地域史資料

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