1817年ごろ。
アメリカ・テネシー州、レッド川沿いの農場。
ジョン・ベル一家の夜は、奇妙な音によって壊れ始めました。
壁の向こうから、何かを引っかく音がする。
誰かが扉を叩く。
床の上を、何かが動いている。
ジョンが外へ出ても、そこには誰もいない。
最初は、それだけでした。
ところが異変は、少しずつ家の中へ入り込んできます。
眠っている子供たちの毛布が剥がされる。
髪を引っ張られる。
頬を叩かれる。
姿は見えない。
正体も分からない。
それでも「何か」がベル家にいる。
そして、ある夜から。
その何かは――
声を出すようになりました。
後にアメリカを代表する怪異譚の一つとなる、
ベル・ウィッチ。
その始まりです。
レッド川に暮らしたベル家
ジョン・ベルは1750年、ノースカロライナに生まれました。
1782年にルーシー・ウィリアムズと結婚。
1804年、一家はテネシー州ロバートソン郡、現在のアダムズ周辺へ移住します。
ジョンは土地を所有する農場主となり、地域の教会でも長老を務めました。
当時のベル家は奴隷を所有しており、農場では家族だけでなく、奴隷化された人々も生活していました。
一家がこの土地へ移ってから十年以上。
後にベル・ウィッチと呼ばれる異変が始まったとされるのは、1817年前後です。
畑にいた奇妙な動物
後世にまとめられたベル家の物語では、最初の異変は家の中ではありませんでした。
ある日。
ジョンがトウモロコシ畑にいると、奇妙な生き物を見つけます。
犬のように見える。
しかし、頭部はウサギのようだった。
ジョンは銃を向けて撃ちました。
仕留めることはできません。
その生き物は、そのまま姿を消したとされています。
それから家族も、奇妙なものを見るようになります。
巨大な鳥。
黒い犬。
木からぶら下がる、緑色の服を着た少女。
ただ、この時点ではまだ、すべて別々の奇妙な出来事でした。
それが一つの存在によるものだと考える理由はありません。
そして間もなく。
ベル家の夜に、音が聞こえ始めます。
誰かが壁を叩いている
コン、コン。
家の外壁を、誰かが叩いている。
ジョンが外へ出る。
誰もいない。
家へ戻る。
しばらくすると――また鳴る。
そのうち、音の種類が増えていきました。
壁を引っかく音。
床を何かが這う音。
鎖を引きずるような音。
ベッドの柱を、何かがかじっているような音。
家族は原因を探します。
しかし、何も見つかりません。
そしてある時から、音だけでは済まなくなりました。
何かが、家族の身体に触れ始めたのです。
ベッツィ
特に激しい被害を受けたと語られているのが、ジョンの娘、Elizabeth “Betsy” Bell(エリザベス・“ベッツィ”・ベル)でした。
まだ十代の少女です。
眠っていると、突然毛布を引き剥がされる。
髪を掴まれる。
頬を叩かれる。
身体をつねられる。
悲鳴を上げても、そこには誰もいません。
父ジョンにも異変が現れるようになります。
顔の筋肉が痙攣する。
口や舌が思うように動かなくなる。
発作のような症状を起こす。
一方で、母ルーシーには比較的穏やかだったと語られています。
同じ家にいるのに、扱いが違う。
無差別に暴れているだけではないように見える。

待って。
これ、相手を選んでるってこと?

そう見える記録になっています。
特にベッツィと父親のジョンには、異変が集中していきました。

でも姿は誰も見てないんだよね。

ええ。
ところが、このあと――姿を見る必要すらなくなります。
聞き取れない声
最初は、かすかな声でした。
何かが囁いている。
しかし、何を言っているのか分からない。
その声は次第にはっきりしていったと伝えられています。
単語になる。
文章になる。
そしてついには、
人間の質問に答えるようになった。
祈りを唱える。
聖書について語る。
人の声を真似する。
離れた場所で行われた説教を再現した、という話まで残っています。
壁の中で音を立てていた「何か」が、いつの間にか、会話できる存在になっていました。
噂はベル家の外へ広がります。
近隣住民がやって来る。
さらに噂を聞いた人々が訪れる。
ベル家はいつしか、正体不明の声を聞くために、人が集まる家になっていきました。
そして、この「声」について。
怪談が完成するよりはるかに早い時期に書かれた、興味深い記録があります。
1820年10月19日
1820年。
ロング探検隊に参加した軍人ジョン・ベルが、ロバートソン郡を通過しました。
怪異譚に登場するベル家とは別の人物です。
彼は10月19日の日記に、現地で耳にした奇妙な話を書き残しています。
15歳ほどの少女に、「声」が付きまとっている。
その声は少女に、近隣の男性との結婚について語りかける。
そして、その声を聞くために大勢の人々が訪れている。
訪問者が質問すると声が答えることもあった一方、少女か、そばにいる兄弟による腹話術ではないかと考える人々もいたことが記されています。
ここには、現在知られているベル・ウィッチの細かな物語はほとんど登場しません。
しかし重要なのは、1820年の時点で「少女につきまとう声」の噂が、この地域で語られていたことです。

じゃあ、何十年も後に突然作られた話ではないんだ。

少なくとも、「少女と正体不明の声」という部分は違います。
1820年の記録まで遡れます。

その声が何者なのかは分かってたの?

それが――
話が残されていくうちに、少しずつ「何者なのか」が語られるようになっていきます。
声に名前がつく
後世にまとめられた物語では、声は自分が何者なのか尋ねられるたび、さまざまな答えを返したとされています。
死者の霊。
複数の霊。
別の存在。
答えは一定しません。
ところが、いつしか一つの名前が定着します。
Kate(ケイト)。
ここで登場するのが、ベル家の近隣に実在した女性、Kate Batts(ケイト・バッツ)です。
後世には、土地取引をめぐってジョン・ベルと揉めたケイト・バッツがベル家を呪い、その呪いが一家を襲ったという話が広まりました。
しかし残された資料をたどると、ジョンと土地取引をめぐる問題を起こした人物として確認されるのは、ケイト本人ではなく親族のベンジャミン・バッツです。
実在したケイト・バッツと、ベル家の「声」が、後になって結び付けられた可能性があります。
正体不明だった声には、こうして名前が与えられました。
そして「ケイト」は、ベル家の生活へさらに深く入り込んでいきます。
「結婚するな」
ベッツィには恋人がいました。
Joshua Gardner(ジョシュア・ガードナー)。
二人は結婚を考えていたとされています。
ところが、後にまとめられたベル・ウィッチ物語では、ケイトはこの結婚を執拗に邪魔します。
二人が一緒にいると声が現れる。
ベッツィへ結婚するなと繰り返す。
二人の関係に介入し続ける。
やがて、ベッツィとジョシュアは婚約を解消しました。
ベッツィはその後、1824年にリチャード・パウエルと結婚しています。
ただし、ここには妙な食い違いがあります。
先ほどの1820年の日記。
そこでは「声」は、少女が近隣の男性と結婚することを望んでいるように記されています。
後世の物語では、結婚を妨害する。
初期に記録された「声」と、後に語られる「ケイト」。
同じ存在を指しているとすれば、その目的が噛み合いません。
そしてベッツィとは別に、ケイトが強い敵意を向けたとされる人物がいました。
父親のジョンです。
ジョン・ベルの衰弱
後世の物語では、ジョンの体調は次第に悪化していきます。
発作。
顔面の痙攣。
飲み込むことが難しくなる。
身体が思うように動かない。
1820年12月。
ジョンはほとんどベッドから起き上がれない状態になったと伝えられています。
そして、12月20日。
ジョン・ベルは死亡しました。
ところがベル・ウィッチの物語では、その朝、ベッドのそばで奇妙なものが見つかったとされています。
黒い液体
家族がジョンの薬を探しました。
いつもの薬がない。
代わりに、見覚えのない小瓶が置かれている。
中には黒っぽい液体が入っていました。
家族が騒いでいると、ケイトの声が聞こえた。
そして――
自分がジョンに飲ませた。
そう語ったとされています。
残った液体を猫に与えると、猫は死んだ。
小瓶を暖炉へ投げ込むと、青い炎が上がった。
そしてジョンも、その日のうちに死亡した。
さらに葬儀では、ケイトが歌い、笑い、ジョンの死を喜んだ――。
これが、「ベル・ウィッチがジョン・ベルを殺した」と語られるようになった物語です。

……本当に毒だったの?

そこまでは分かっていません。

でもジョンが死んだのは本当?

はい。
ジョン・ベルが1820年12月20日に死亡したことと、怪異による毒殺だったという話は分ける必要があります。
死因を「ケイトによる毒殺」と証明する医学的記録は確認されていません。
ここは、ベル・ウィッチを読むうえで大きな境目です。
ジョン・ベルという人物の死。
そして、その死を怪異が自分の仕業だと告白したという物語。
二つは同じではありません。
そして、声は消えた
ジョンの死後も、ケイトはしばらくベル家にいたとされています。
しかし1821年。
突然、別れを告げます。
そして最後に、七年後に戻ってくる。
そう言い残した。
1828年。
物語では、本当にケイトが戻ってきます。
今度はジョンの息子、ジョン・ベル・ジュニアと会話した。
宗教。
社会。
未来。
さまざまなことを語り、再び姿を消した。
さらに「次は107年後に戻る」という予告まで残したとされています。
ベル家を襲った怪異の物語は、ここでほぼ終わります。
しかしベル・ウィッチには、もう一つ有名な話が残っています。
アンドリュー・ジャクソンはベル家へ来たのか
後の第7代アメリカ大統領、Andrew Jackson(アンドリュー・ジャクソン)。
彼がベル家を訪れたという逸話です。
怪異の噂を聞いたジャクソンは、部下たちを連れてベル家へ向かった。
ところが途中で、馬車が突然動かなくなる。
馬に引かせても進まない。
車輪を確認しても原因が分からない。
すると、何もない場所から声がした。
その直後、馬車は何事もなかったかのように動き出した。
さらに同行者の一人が「自分なら魔女を退治できる」と豪語すると、見えない何かに叩かれ、蹴られ、追い出された。
ジャクソンはベル家で一夜を過ごした――。
非常に有名なエピソードです。
しかし、ジャクソン本人や同行者が残した同時代記録から、この訪問を確認することはできません。
現在知られている詳細なジャクソン訪問談は、後に出版されたベル・ウィッチの物語に依存しています。
ここで、一度時間を飛ばします。
1894年。
怪異が始まったとされる時代から、すでに70年以上が経過していました。
ここから考察――ベル・ウィッチは、いつ完成したのか
ここまでは、実在したベル家と初期に確認できる記録、そして後世まで伝えられた怪異譚を、時間の流れに沿って追ってきました。
ここからは、なぜ現在のベル・ウィッチ物語が出来上がったのか。
残された資料から考えていきます。
1894年、一冊の本が出版される
著者は、Martin Van Buren Ingram(マーティン・ヴァン・ビューレン・イングラム)。
タイトルは、『An Authenticated History of the Famous Bell Witch』。
現在知られている詳細なベル・ウィッチ物語に、決定的な影響を与えた本です。
イングラムは、ジョンの息子リチャード・ウィリアムズ・ベルが1846年ごろに書いたとされる、『Our Family Trouble(我が家の災難)』という記録を重要な資料として使用したとしています。
しかし、その原本は現在確認されていません。
そのため、1894年の本に書かれた出来事すべてを、そのまま1810年代の同時代記録として扱うことはできません。
では、ベル・ウィッチは1894年に作られたのでしょうか。
それも違います。
もっと古い「声」
1820年の日記があります。
さらに1856年、バーモント州の新聞『Green-Mountain Freeman』には、以前『Saturday Evening Post』に掲載されたものとして「The Tennessee Ghost」という話が再録されています。
そこにも、少女、正体不明の声、そしてジョシュア・ガードナーとの結婚という要素が登場します。
この話では、最終的にベッツィが腹話術を使って怪異を演じていた、という説明まで付けられています。
元になった『Saturday Evening Post』の記事は1849年のものとされていますが、原本そのものは現在確認されていません。
それでも1856年の再録が残っているため、1894年に物語が整理されるより何十年も前から、ベル家の少女と「声」をめぐる物語が流通していたことは確認できます。
では、その間に何が起きたのか。
年代を並べると、かなり面白いものが見えてきます。
「声」が成長している
1820年。
記録に現れるのは、少女につきまとう声。
1856年に確認できる物語では、少女と声に恋愛や腹話術という説明が加わっています。
1894年。
そこには、奇妙な動物、壁を叩く音、身体への攻撃、ケイトという名前、ジョンへの敵意、黒い液体、葬儀、七年後の帰還、アンドリュー・ジャクソン。
現在知られているベル・ウィッチの世界が、ほぼ出来上がっています。
ここで見えてくるのは、「幽霊がいたか、いなかったか」とは別の奇妙さです。
最初はただの「声」だったものが、約70年をかけて一人の人格になっている。
誰かが声を出していた?
もちろん、超常現象ではなかったという説明もあります。
1856年に再録された「The Tennessee Ghost」では、ベッツィの腹話術によるものだったという結末が記されています。
後にも、ベッツィ自身、家族、周囲の人物――そうした誰かが怪異を作り出していたのではないかという説は繰り返し語られました。
しかし、それを決定づける証拠も残っていません。
1820年の日記を書いた軍人は、怪異を直接調査したわけではありません。
1856年の記事も、出来事から数十年後に掲載されたものです。
そして1894年の本は、さらに後。
だから、「怪異だった」とも、「ベッツィの仕掛けだった」とも、現在残る資料だけで決着させることはできません。
一つの怪談が出来上がるまで
もう一つ考えられるのは、ベル家で実際に何らかの騒動が起きたというものです。
少女をめぐって、「奇妙な声が聞こえる」という噂が広がった。
人が集まった。
話を聞いた人が、別の人へ伝えた。
ベル家の出来事と、地域の別の噂が結び付いた。
ジョンの病気。
ベッツィの恋愛。
ジョンの死。
近隣住民との土地問題。
それぞれ別だった出来事が、一つの「声」を中心にまとめられていった。
世代が変わるたび、物語は少しずつ具体的になる。
そして1894年。
散らばっていた話が、一冊の本の中で巨大な怪異譚として形を与えられた。
ベル・ウィッチを「幽霊が実在したか」という問いだけでなく、地域の記憶と語りによって一つの伝説が形成されていった例として見ると、残された記録の変化が別の意味を持ち始めます。
それでも残る、1820年10月19日
ベル・ウィッチについて調べていくと、最後にどうしてもここへ戻ってきます。
1820年10月19日。
旅をしていた軍人が、ロバートソン郡で聞いた話を日記に書いた。
そこにはまだ、ケイトはいません。
黒い液体もありません。
アンドリュー・ジャクソンもいません。
七年後の帰還もありません。
いるのは、一人の少女。
そして、その少女につきまとう「声」。
それだけです。
だからこそ、この記録は不気味です。
後世に加わった物語をすべて取り除いても、最後にこれだけが残る。

結局、その声が何だったのかは分からないんだ。

ええ。
記録が古くなるほど、むしろ話は単純になります。

少女がいて、声がして、人がそれを聞きに来ていた。

そうです。
そして、それ以上のことは分かりません。
ただ――その小さな噂だけは、現在知られている巨大な伝説よりずっと古い。
怪異だったのか。
腹話術だったのか。
誰かの仕掛けだったのか。
あるいは、噂になった時点ですでに話が変わっていたのか。
答えは残されていません。
ただ、最初は名前すらなかった「声」は、人から人へ語られていきました。
性格を持ち。
過去を持ち。
敵を持ち。
物語を持ち。
そして最後には、名前まで与えられた。
ケイト。
二百年以上経った現在も、ベル家の農場で何が起きたのかは分かりません。
けれど、1820年に記録された名前のない「声」は、今もベル・ウィッチという名前で語られ続けています。
出典・参考
- Tennessee State Library & Archives「Tennessee Myths and Legends: Bell Witch」
- John Bell, Journal of the Stephen H. Long Expedition(1820年10月19日の記録)
- 「The Tennessee Ghost」『Green-Mountain Freeman』1856年2月7日掲載
- Martin Van Buren Ingram, An Authenticated History of the Famous Bell Witch(1894)
- 近年のベル・ウィッチ史料研究・フォークロア研究
※ベル・ウィッチは、1820年の同時代記録、19世紀中頃の新聞記事、1894年に体系化された物語など、成立時期の異なる資料から構成されています。本記事では、確認できる歴史記録と後世に形成された怪異譚を区別して記載しています。



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