デヴォンの悪魔の足跡|雪の上を一晩で駆け抜けた「蹄」は、何だったのか

怪異記録

1855年2月9日の朝。

イギリス南西部、デヴォン州。

前夜から降った雪が、町や畑を白く覆っていた。

朝になり、住民たちが外へ出る。

そこで見つかったのが、雪の上に残された奇妙な跡だった。

小さな蹄のような足跡。

馬の蹄ほど大きくはない。

人間の靴跡でもない。

そして、普通の四足動物が歩いた跡とも様子が違った。

足跡は左右に分かれず、一つ、また一つと、ほぼ一直線に並んでいた。

一歩ごとの間隔まで、不自然なほど揃っている。

奇妙な動物が一匹、雪の上を歩いていった。

それだけなら、まだ説明はつく。

だが同じ朝――

別の町でも。

さらに別の村でも。

「同じような跡を見た」という話が現れ始めた。

トップシャム。

ライムプストーン。

エクスマス。

ドーリッシュ。

テインマス。

エクセター周辺から海岸部まで、複数の地域から報告が集まっていく。

そして人々がその経路を調べ始めると、さらに理解しがたい話が出てきた。

足跡は、普通なら動物が通れないはずの場所にも残されていたという。

やがて、この奇妙な現象には一つの名前がつけられる。

Devil’s Footprints(デビルズ・フットプリンツ)――「悪魔の足跡」。

だが残された当時の記録を追っていくと、この事件は「悪魔のような何かが、一晩でデヴォンを横断した」という単純な話ではなくなっていく。

雪の上に残った「一列の足跡」

事件が起きたのは、1855年2月8日から9日にかけての夜とされている。

デヴォン南部では雪が降り、翌朝になると各地で奇妙な跡が発見された。

当時の新聞や書簡に残された記述では、跡は小さな蹄、あるいはロバの蹄鉄を思わせる形だった。

一歩から次の一歩まで、およそ8インチ――約20センチだったとする記録もある。

だが、人々を困惑させたのは形だけではない。

その並び方だった。

四足動物なら、通常は複数の脚がそれぞれ雪を踏む。

ところが問題の足跡は、一本の線のように続いていた。

まるで一つの足だけを持つ何かが、一定の間隔で雪を踏み続けたように見えたのである。

2月24日付の『Illustrated London News(イラストレイテッド・ロンドン・ニュース)』には、この足跡を描いた図まで掲載された。

つまり「悪魔の足跡」は、後世になって突然作られた怪談ではない。

1855年当時から、実際に人々が奇妙な跡について議論していた記録が残っている。

司書
司書

この段階なら、まだ正体不明の動物という可能性も十分あります。

そうめん
そうめん

変な形ではあるけど、足跡だけならそうだよね。

司書
司書

ええ。ところが、人々がその跡を追い始めると、話がおかしくなっていきます。

足跡は、壁の前で止まらなかった

ある場所では、足跡が庭を横切っていた。

その先には壁がある。

普通の動物なら、迂回するか、そこで方向を変える。

ところが報告された足跡は、壁の手前まで続き、反対側から再び現れていた。

それだけではない。

雪の積もった壁の上。

高い塀に囲まれた場所。

家の屋根。

干し草の山。

普通なら簡単には入り込めない場所にも、同じような跡があったという報告が集まった。

後にまとめられた当時の資料の中には、高さ14フィート――約4.3メートルの壁を越えたように見える足跡についての記述まである。

ここで、「未知の動物」という説明は一気に難しくなる。

そうめん
そうめん

……壁の反対側にも続いてるの?

司書
司書

そう報告された場所があります。ただし、本当に一匹の動物が壁を越えたところを見た人はいません。

そうめん
そうめん

跡だけが向こう側にもあったってことか。

司書
司書

そこは重要です。後で、この事件を考えるうえで大きな意味を持ってきます。

そして、さらに問題があった。

こうした足跡は、一軒の家だけで見つかったわけではない。

複数の町や村で報告されていた。

「悪魔が歩いた」

1855年2月16日。

ロンドンの『The Times(タイムズ)』が、この奇妙な出来事を報じた。

記事では、トップシャム、ライムプストーン、エクスマス、テインマス、ドーリッシュなど広い地域で、蹄のような跡が見つかったことが伝えられている。

当然、町ではさまざまな噂が飛び交った。

そして一部の人々が口にしたのが、「サタン自身が歩いたのではないか」というものだった。

騒ぎは宗教的な説教で触れられるほどになった。

1855年のイギリス。

夜のうちに現れた正体不明の足跡。

人間が簡単には入れない場所にも残されている。

そして、隣町でも同じようなものが見つかる。

「悪魔」という言葉が広がっていく条件は、揃っていた。

そうめん
そうめん

自分の家だけならまだしも、隣町でも見つかったって聞いたら怖いな。

司書
司書

ええ。「何かが移動している」と考えたくなる状況です。

そして実際、後世にはとてつもない話が語られるようになる。

一晩で「160キロ」を歩いた?

悪魔の足跡を紹介する話では、しばしば「一晩で100マイル以上」という数字が登場する。

100マイルなら約160キロメートル。

もし本当に一本の足跡がそれだけ続いていたのなら、異常というほかない。

雪の上を160キロ。

しかも途中で壁を越え、屋根を通り、庭へ入りながら進んだことになる。

だが、残された資料を確認すると、このイメージには注意が必要になる。

誰か一人が、一本の足跡を160キロ追跡した記録があるわけではない。

各地で、「似たような足跡が見つかった」という報告が存在する。

それらがまとめられ、「同じ何かが通ったのではないか」と考えられた。

つまり、トップシャムの跡、エクスマスの跡、ドーリッシュの跡――別々に発見されたものが、後に一つの巨大な経路として語られた可能性がある。

資料によって距離の数字にも違いがある。

確実に言えるのは、広い地域の複数地点で、似た奇妙な足跡が報告された。

そこまでだ。

そうめん
そうめん

じゃあ、「一匹が160キロ歩いた」って確認されたわけじゃないんだ。

司書
司書

そうです。ここを分けないと、この事件は実際の記録以上に怪物じみたものになります。

では――

各地の人々は、いったい何を見ていたのだろう。

科学者が疑った「アナグマ」

当然、1855年当時から自然な説明を探す人はいた。

その一人が、解剖学者・古生物学者のリチャード・オーウェン(Richard Owen)。

「Dinosauria――恐竜類」という名称を提唱したことでも知られる人物である。

オーウェンが候補として挙げたのは、アナグマだった。

アナグマは足裏全体を地面につけて歩く動物で、雪の上では独特の跡を残す。

また、一匹の動物がデヴォン中を歩いたのではなく、複数のアナグマがそれぞれ別の場所で跡を残したと考えれば、広範囲での発見も説明しやすくなる。

だが、問題は残る。

なぜ蹄のように見えたのか。

なぜ一本の線のような跡があったのか。

そこで注目されたのが、雪そのものだった。

普通の足跡が「蹄」に変わる

1855年3月10日付の『Illustrated London News』には、トーマス・フォックス(Thomas Fox)という人物から寄せられた資料が掲載された。

そこでは、ネズミなどの小動物が雪の上を歩いた場合の足跡について検討されている。

小動物が跳ねるように移動すると、前脚と後脚の跡が近い位置へ重なることがある。

さらに雪は、そのままの形を保つとは限らない。

気温が上がる。

少し解ける。

雨が降る。

再び冷える。

すると小さかった足跡の縁が崩れ、形が広がる。

複数あった跡が、一つの大きな窪みに見えることもある。

後に集められた資料には、猫が残した足跡が雪解けなどによって変形し、蹄のように見える形になったという観察も記録されている。

つまり、朝に発見された跡の形が、夜に動物が雪を踏んだ瞬間の形と同じだったとは限らない。

そうめん
そうめん

ああ……足の形が変だったんじゃなくて、雪のほうが変えた可能性があるのか。

司書
司書

そうです。これなら「普通の動物なのに、見たことのない足跡」という状況は起こり得ます。

しかし、候補に挙がった動物はアナグマやネズミだけではなかった。

次に登場するのは、かなり意外な動物だった。

デヴォンを歩いた「カンガルー」?

事件を説明する説の一つとして、カンガルーまで登場した。

シドマス付近の私設動物園から二頭のカンガルーが逃げ、それが奇妙な跡を残したのではないか――という話である。

この説に関係する人物として知られるのが、G・M・マスグレーヴ(G. M. Musgrave)という牧師だった。

だが、ここで話はさらに妙になる。

逃げたカンガルーが実際に確認されたという確かな記録は見つかっていない。

そして後に残されたマスグレーヴの説明を見ると、彼自身、住民たちの間で広がる「悪魔」の恐怖を抑えるため、別の説明を提示したという趣旨のことを書いている。

つまり、「悪魔が歩いている」と思われるくらいなら、「逃げたカンガルーだった」という話を出したほうがいい。

そう考えた可能性がある。

そうめん
そうめん

それ、正体を突き止めたんじゃなくて、町を落ち着かせるための話じゃん。

司書
司書

少なくとも、確定した解決として扱えるものではありません。

結局、アナグマ、ネズミ、猫、鳥、カンガルー――さまざまな候補が現れた。

だが、「これだった」と決着することはなかった。

そして事件は、そのまま過去へ埋もれていく。

――はずだった。

約95年後、古い記録が掘り起こされる

1950年。

『Transactions of the Devonshire Association』で、1855年の「悪魔の足跡」に関する情報提供が呼びかけられた。

事件から、およそ95年。

そこで重要な資料群の存在が知られるようになる。

1855年当時、クライスト・セント・ジョージの牧師だったヘンリー・トーマス・エラコム(Henry Thomas Ellacombe)が集めていた記録だった。

近隣から送られた手紙。

目撃情報。

足跡を描いた資料。

当時の新聞記事。

そして、『Illustrated London News』へ向けて書かれながら、“not for publication”――「掲載しないこと」とされた草稿も残されていた。

こうした資料によって、後世の研究者は1855年の出来事を、怪談ではなく当時の記録から再検討できるようになった。

そして見えてきたことがある。

報告された足跡は、すべて同じ形ではなかった。

地域によって形状や状況が違う。

距離についての記録も一様ではない。

つまり後世に定着した、「まったく同じ蹄跡が、一本の途切れない線となってデヴォンを横断した」というイメージは、当時の記録そのものより整いすぎている。

ここから考察――「悪魔」は一匹ではなかったのか

ここまでは、1855年当時の報道や、その後確認された資料を中心に追ってきた。

ここからは、それらをどう説明できるかという考察になる。

この事件を考えるうえで、最も重要なのは、すべての足跡に一つの正体を求める必要があるのかという点だ。

猫。

ネズミなどの小型動物。

アナグマ。

鳥。

その他の動物。

雪解け。

再凍結。

見間違い。

誇張。

あるいは、一部だけなら悪戯が混ざっていた可能性もある。

これら一つ一つを単独で使えば、「デヴォン全域の足跡」を説明するのは難しい。

だが――

そもそも、すべてが同じ現象ではなかったとしたらどうだろう。

ある村では猫が歩いた。

別の場所ではネズミ。

別の場所ではアナグマ。

雪の状態によって、それぞれの足跡が変形する。

そして新聞が、「デヴォン各地に奇妙な蹄形の足跡」と報じる。

それを読んだ人々が、自分の庭の雪を見る。

そこに変わった跡がある。

「これも同じものではないか」と思う。

別々だった足跡が、一匹の存在が残した痕跡として結びついていく。

こう考えれば、足跡の形が地域によって違うこと、広い範囲から報告されたこと、壁や屋根など一つの動物では不自然な場所からも報告が出たことを、無理に一匹の生物へ押し込める必要がなくなる。

それでも残るもの

ただし、「全部、普通の動物だった」と断定できるわけでもない。

1855年当時の新聞や書簡には、実際に人々が奇妙な足跡を発見し、正体を議論していた記録が残っている。

足跡を描いた図もある。

壁。

屋根。

囲われた庭。

そうした不可解な場所から跡が見つかったという報告も、後世だけで作られたものではない。

もちろん、壁の手前と向こうに似た跡があることと、一匹の生物が壁を飛び越えたことは同じではない。

誰も「悪魔」が壁を越える瞬間を見てはいない。

だから現在残る資料から、未知の生物がいたとも、超自然的な存在が歩いたとも言えない。

だが逆に、1855年2月9日の朝に見つかったすべての跡について、「これは猫」「これはネズミ」「これはアナグマ」と、一つずつ正体が確認されたわけでもない。

完全に埋まらない部分は残っている。

雪が作った、一夜だけの怪物

この事件には殺人犯がいない。

失踪者もいない。

襲われた人もいない。

残されたのは、雪の上の足跡だけだった。

それなのに、170年以上が過ぎても語られている。

理由は、おそらくこの事件の構造そのものにある。

雪は証拠を残す。

だが同時に、証拠の形を変える。

小さな動物が歩く。

雪が少し解ける。

跡が崩れる。

再び凍る。

朝になって人間が見る。

そこには、夜に動物が残したものとは少し違う形がある。

蹄に見える。

少し先にもある。

壁の向こうにも似たものがある。

そして隣町から、「こちらにもあった」という知らせが届く。

人間は、それらを一本の線で結ぶ。

司書
司書

一匹の「悪魔」が存在した証拠はありません。でも、奇妙な足跡についての記録そのものは残っています。

そうめん
そうめん

別々の足跡だったのに、みんなが同じものだと思った可能性があるってことか。

司書
司書

ええ。正体の分からない痕跡をつなげたとき、そこに初めて一匹の存在が見えてきます。

1855年2月9日。

デヴォンの雪の上を、本当に一匹の怪物が歩いたのか。

残された記録を見る限り、その必要はなさそうだ。

猫だったもの。

ネズミだったもの。

鳥だったもの。

別の動物だったもの。

雪によって形を変えたもの。

それらが別々の場所に残され、人々によって一つにつなげられたのだとしたら。

あの夜、デヴォンを横断した「悪魔」は存在しなかったのかもしれない。

しかし翌朝。

雪の上に残された無数の痕跡を人々が見つけ、それらを同じ何かの足跡だと考えた瞬間――

誰も姿を見ていない一匹の「悪魔」は、確かに生まれた。

出典・参考資料

  • 『The Times』1855年2月16日付 ― デヴォン各地で報告された奇妙な足跡に関する記事
  • 『Illustrated London News』1855年2月24日・3月10日付 ― 足跡の図、読者から寄せられた観察・説明
  • Henry Thomas Ellacombe 関連資料 ― 1855年当時に収集された書簡・目撃情報・足跡資料
  • 『Transactions of the Devonshire Association』― 1950年以降の「Devil’s Footprints」資料調査

コメント