『猿の手』3つの願いが叶うたび、家族は壊れていく|1902年の怪奇短編

奇妙な記録
司書
司書

願いを3つ叶えてくれる道具があったら、何を願いますか。

そうめん
そうめん

いきなり怖い聞き方するじゃん。普通にお金かな。大金じゃなくてもいいから、生活がちょっと楽になるくらい。

司書
司書

では、そのお金が「誰かの死」によって支払われても?

そうめん
そうめん

……それ、願いを叶えたって言わなくない?

司書
司書

今回の記録では、願いそのものは叶っています。問題は、その叶え方でした。

3つの願いを叶える「猿の手」

『猿の手(The Monkey’s Paw)』。

1902年、イギリスの作家W・W・ジェイコブスによって発表された怪奇短編です。

物語の舞台は、ホワイト一家の暮らす家。

父親のホワイト氏、妻、そして息子のハーバート。

ある寒い夜、そこへ一家の知人であるモリス曹長が訪れます。

彼は長いあいだインドに滞在していました。

酒を飲みながら異国での体験を語っていたモリスは、やがてポケットから奇妙なものを取り出します。

干からびた、小さな猿の手。

ただのミイラ化した手ではありません。

それには、3つの願いを叶える力があるというのです。

ただしモリスは、それを宝物のようには扱いませんでした。

むしろ、手放したがっていました。

「人間は運命に干渉するべきではない」

猿の手には、ある老人が術をかけたといいます。

その目的は、人間を幸福にすることではありません。

人間の人生は運命によって支配されている。

そして、その運命に干渉しようとする者には苦しみが訪れる。

それを証明するためのものでした。

猿の手は、持ち主に3つの願いを与えます。

しかも、それはホワイト氏が最初の所有者ではありません。

以前にも猿の手を使った人物がいました。

その人物が最初の二つに何を願ったのかは分かりません。

分かっているのは、最後の願いだけ。

「死」でした。

それを聞いてもなお、ホワイト氏は興味を失いません。

モリスは猿の手を火の中へ投げ捨てます。

しかしホワイト氏は、それを拾い上げました。

最初の願いは「200ポンド」

何を願うべきか。

一家は半ば冗談のように話し合います。

莫大な財産でも、不老不死でもありません。

息子のハーバートが提案したのは、家の支払いを済ませられる程度のお金。

200ポンド。

ホワイト氏は猿の手を握り、200ポンドが欲しいと願います。

その瞬間。

彼は手の中で、猿の手が動いたように感じました。

しかし金が現れることはありません。

何も起こらない。

一家は不気味に思いながらも、その夜を終えます。

翌朝。

ハーバートはいつも通り仕事へ向かいました。

200ポンドが届く

その日の午後。

ホワイト家を、一人の男が訪れます。

ハーバートの勤務先から来た人物でした。

男はなかなか本題を切り出そうとしません。

やがて彼の口から、ハーバートが事故に遭ったことが告げられます。

機械に巻き込まれた。

そして――死亡した。

会社側は事故について責任を負うものではない。

しかし、息子の働きへの配慮として、遺族へ一定の金額を支払うという。

ホワイト氏は尋ねます。

「いくらですか」

男が答えます。

200ポンド。

猿の手は、確かに願いを叶えました。

金は手に入った。

ただしそれは、

息子の命と引き換えに届いた200ポンドでした。

そうめん
そうめん

待って。最初に200ポンドって言ったの、息子なんだよね?

司書
司書

そうです。そして翌日、その息子の死によって200ポンドが生まれました。

そうめん
そうめん

……そんな叶え方ありかよ。

母親が思いついた二つ目の願い

息子を埋葬してから数日が過ぎます。

家から明るさは消えました。

そしてある夜。

妻が突然、夫に言います。

猿の手。

まだ願いが二つ残っている。

だったら――。

息子を生き返らせればいい。

ホワイト氏は恐れます。

彼は息子の遺体を確認していました。

事故から十日ほど経っている。

それでも妻は止まりません。

息子を返して。

もう一度、生きている息子に会わせて。

母親の願いを拒み切れず、ホワイト氏は猿の手を握ります。

そして二つ目の願いを口にします。

息子を生き返らせてほしい。

何も起こりません。

部屋は静かなまま。

やがて猿の手は床へ落ちます。

深夜、玄関を叩く音

しばらくして。

ホワイト氏は階下から、小さな音を聞きます。

最初は気のせいにも思えるほどの音。

もう一度。

そして、もう一度。

玄関の扉を誰かが叩いている。

妻もその音に気づきます。

そして理解します。

「ハーバートだ」

彼女は階段を駆け下ります。

夫は必死に止めます。

しかし妻にとって、扉の向こうにいるのは怪物ではありません。

死んだはずの自分の息子です。

ノックは次第に激しくなります。

妻は鍵を開けようとします。

しかし扉の上部にある閂へ手が届かない。

椅子を引きずってきます。

その間も。

ドンドンドンドン。

扉は叩かれ続けます。

父親だけが知っていたこと

母親が考えているのは、生きていた頃の息子です。

しかし父親は違いました。

彼は事故後の息子を知っています。

機械に巻き込まれた遺体を確認している。

そして二つ目の願いは、

「事故前の元気な息子を戻してほしい」

ではありませんでした。

ただ、

息子を生き返らせてほしい。

もし猿の手が、一つ目と同じように言葉通り願いを叶えていたとしたら。

扉の向こうにいるものは――。

母親が椅子へ乗ります。

閂へ手を伸ばします。

あと少しで扉が開く。

そのとき父親は、暗闇の中で必死に猿の手を探します。

そして見つけます。

残された願いは、あと一つ。

ホワイト氏は三つ目の願いを口にしました。

ノックが止まった

突然。

玄関を叩く音が止まります。

家の中には、さっきまでのノックの余韻だけが残っています。

妻が扉を開けます。

冷たい風が家の中へ流れ込む。

夫も外へ出ます。

街灯に照らされた道路。

そこには――。

誰もいませんでした。

三つ目の願いは書かれていない

ここで『猿の手』は、非常に重要なことを読者へ見せません。

ホワイト氏が最後に何を願ったのか。

原作では、その内容が明示されていないのです。

ただ「三つ目で最後の願い」を口にしたことだけが書かれています。

直後にノックが止まり、

扉の外には誰もいない。

そこから何を願ったのかは、読者自身が考えることになります。

もし扉を叩いていたものが本当にハーバートだったなら。

父親は、たった今戻ってきた息子を――。

自分の最後の願いで、もう一度消したことになります。

猿の手は本当に願いを叶えたのか

もう一つ、この物語には奇妙な点があります。

猿の手が超常的な力を使った瞬間を、誰もはっきりとは確認していません。

最初の願い。

200ポンドを願った翌日に息子が事故死し、会社から200ポンドが支払われた。

これは恐ろしい偶然だった、と説明することもできます。

二つ目の願い。

息子を生き返らせた後、玄関を誰かが叩いた。

しかし扉の向こうに何がいたのか、誰も見ていません。

三つ目の願い。

父親が何かを願うとノックが止まった。

しかし外には誰もいなかった。

最後まで、

猿の手が本当に奇跡を起こしたという決定的な証拠はありません。

それでも。

200ポンド。

夜中のノック。

そして三つ目の願いと同時に訪れた静寂。

すべてを偶然として片付けるには、あまりにも出来すぎています。

「欲張ったから罰を受けた」話ではない

『猿の手』を単純に読むなら、

「願い事には気をつけろ」

という物語にも見えます。

しかしホワイト一家の願いは、それほど強欲なものではありません。

最初は、生活を少し楽にするための200ポンド。

そして二つ目は、

金ですらありません。

死んだ息子に、もう一度会いたい。

母親がそう願っただけです。

悪意から始まった願いではない。

それでも猿の手は容赦しません。

最初にモリスが語った、この呪物の意味。

「人間の人生は運命に支配されている」

「それに干渉する者には苦しみが訪れる」

猿の手にとって重要なのは、

願った人間が善人か悪人かではなかったのかもしれません。

最初の所有者も、最後には「死」を願った

そして物語の冒頭には、結末を予告するような話があります。

猿の手を以前所有していた人物。

彼も3つの願いを与えられました。

最初の願いは不明。

二つ目も不明。

分かっているのは三つ目だけ。

彼は最後に、

死を願った。

ホワイト家もまた、最初の願いによって欲しかったものを手に入れ、

二つ目の願いによって失ったものを取り戻そうとし、

三つ目の願いによって――

その願いそのものを取り消すような結末を迎えます。

3つ願えることが幸福なのではありません。

3つ目を使う頃には、

最初の願いを口にする前へ戻りたくなっている。

それこそが、この猿の手の本当の恐ろしさなのかもしれません。

そうめん
そうめん

じゃあ結局、猿の手を拾った時点で終わってたってこと?

司書
司書

いいえ。モリスは一度、火の中へ捨てています。

そうめん
そうめん

……あ。

司書
司書

拾ったのは、ホワイト氏自身です。

出典・補足

『The Monkey’s Paw』は、イギリスの作家W・W・ジェイコブス(William Wymark Jacobs)による創作怪奇短編です。

1902年9月に『Harper’s Monthly』へ掲載され、同年の短編集『The Lady of the Barge』にも収録されました。

本記事は原作の物語をもとに、出来事と作品内に残された曖昧さを整理したものです。

原文:
Project Gutenberg
W. W. Jacobs, The Monkey’s Paw
https://www.gutenberg.org/ebooks/12122

※本作は実話・都市伝説ではなく、出典の明確なフィクションです。

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