死んでから愛されても、それは愛なのか――SCP-1787-JP「ただあなたの傍に咲く」

奇妙な記録
そうめん
そうめん

「死んでから大切さに気づいた」って、よく言うじゃん。

司書
司書

言いますね。

そうめん
そうめん

あれって、気づかないよりはいいんだろうけど……死んだ側からしたらどうなんだろうな。

司書
司書

もう届きませんからね。

そうめん
そうめん

じゃあ、それって本当に愛なのかな。

司書
司書

今夜の資料は、まさにそんな話です。

一人の女性の周囲に、青い花が咲く。

芽が現れてから開花までは、ほんのわずかな時間。

花は青いバラを思わせる姿をして、ラベンダーに似た香りを放つ。

だが、奇妙な性質がある。

女性本人がその花を視認すると、花は枯れてしまう。

近づいても同じだ。

だから花は、いつも彼女の死角に咲く。

背後。

振り向かなければ見えることのない場所。

まるで。

彼女に見つからないように、それでも彼女のそばにいる。

その青い花には、一人の少女の死が関係している可能性がある。

SCP-1787-JP――「ただあなたの傍に咲く」。

母親のそばに咲く青い花

SCP-1787-JPは、SCP Foundation日本支部で公開されている創作作品だ。

記録の中心となるのは、一人の女性。

そして、その周囲に繰り返し発生する植物である。

植物は急速に成長し、青い花を咲かせる。

しかし女性自身が視認したり接近したりすると、その植物は急速に枯れてしまう。

しばらくすれば、また別の場所に現れる。

そして、また咲く。

決して正面には現れない。

姿を見られれば消える。

それでも、遠くへ行くわけではない。

ただ彼女のそばに咲き続ける。

そうめん
そうめん

花だけなら、ちょっと綺麗な怪異って感じなんだけどな。

司書
司書

この花が現れるようになった経緯を知らなければ、そう見えるでしょうね。

そうめん
そうめん

何があったんだ?

司書
司書

彼女には、杏という娘がいました。

娘は、母親の研究対象だった

杏は、母親から一般的な意味での愛情を受けて育ったとは言い難い。

母親は自身の研究を優先し、子育てを負担として扱った。

そして娘の身体にまで手を加えていく。

育児の手間を減らすため、植物を利用した処置を施した。

娘は一人の子どもであると同時に、母親にとって研究の対象でもあった。

その後、杏は学校でいじめを受ける。

そして自ら命を絶った。

母親は、その兆候に気づいていなかった。

娘が何に苦しんでいたのか。

学校で何が起きていたのか。

何を考えていたのか。

それを知るほど、二人は話していなかった。

さらに重いのは、娘の死後だ。

母親が強く示したのは、娘を失った悲しみというより。

娘に施していた処置や研究が無駄になったことへの反応だった。

そうめん
そうめん

……これはキツいな。

司書
司書

ええ。怪異が始まる前のほうが、よほど恐ろしい資料です。

娘が死んでから、花が咲いた

やがて、母親の周囲に青い花が現れるようになる。

その植物には、杏の身体に利用されていた植物との関連を思わせる特徴があった。

だが、まったく同じではない。

花を咲かせる。

青い色。

ラベンダーを思わせる香り。

それらは、母親自身の好みに寄り添うような特徴だった。

もしこの花が杏と何らかの関係を持っているのなら。

娘は死んだあと。

母親が好む姿になり。

母親が好む香りをまとい。

それでも。

母親から見えない場所に咲いている。

生前の杏は、母親から自分の視界に入らないよう求められていた。

死後に現れた花もまた、見られると枯れる。

近づかれても枯れる。

それでも、また現れる。

また咲く。

見つからないように。

けれど、離れないように。

そうめん
そうめん

これ……杏なのか?

司書
司書

そう考えたくなる要素はあります。ただし、原典でも単純にそうだと断定されてはいません。

そうめん
そうめん

でも母親も気づくんだろ?

司書
司書

ええ。そして、そこから彼女は変わり始めます。

死んでから、初めて娘に興味を持った

母親は、青い花に強い関心を示す。

なぜ生えるのか。

どのような仕組みなのか。

どんな性質を持っているのか。

研究したい。

調べたい。

もっと知りたい。

そして、花が娘と関係している可能性を考えるようになる。

生きていた娘には向けなかった関心を。

娘が死んだあとに現れた異常には向けるようになった。

その先で。

彼女は娘をもっと知りたいという思いを口にする。

そして。

娘を愛したいという思いまで語る。

ここで、この資料は怪異の記録から別の問いへ変わる。

死んでから愛したいと思うことを、愛と呼べるのだろうか。

彼女が愛したいのは「娘」なのか

母親の言葉を、すべて嘘だと決めつけることはできない。

本当に何かが変わったのかもしれない。

娘を失って初めて、自分が何をしてきたのかに気づき始めたのかもしれない。

人間の感情は、それほど単純ではない。

だが同時に、引っかかるものが残る。

彼女が娘に興味を持ったのは、いつだったのか。

娘が苦しんでいたときではない。

学校で追い詰められていたときでもない。

助けを必要としていたときでもない。

娘が死んだあと。

そして、自分にも理解できない異常現象が起きてからだ。

研究者として知りたい対象になった瞬間。

初めて「もっと知りたい」と思った。

ならば。

彼女が愛そうとしているのは、杏なのだろうか。

それとも。

ようやく自分の興味を引く存在になった「娘」なのだろうか。

そうめん
そうめん

本人は本気で愛したいと思ってるかもしれないんだよな。

司書
司書

そうですね。だから簡単に偽物とも言えません。

そうめん
そうめん

でも、やっぱり思うわ。生きてるときにやれよって。

司書
司書

おそらく、この記録で最も残酷なのはそこです。

後悔と愛は、同じものなのか

人は、失ってから大切さに気づくことがある。

家族。

友人。

恋人。

いつもあった場所。

何でもなかった日常。

失ったあとになって。

もっと話せばよかった。

もっと会えばよかった。

もっと優しくすればよかった。

そう思う。

その後悔まで偽物だとは言えない。

本当に大切だったからこそ、失って初めて気づくこともある。

ただ。

後悔と愛情は、必ずしも同じではない。

自分が苦しいから後悔することもある。

自分が許されたいから謝りたいこともある。

もう取り返せないと知ったからこそ、過去を美しく見てしまうこともある。

そして死者は。

その感情を受け取ることも。

拒絶することも。

訂正することもできない。

だからこそ。

「自分はあの人を愛していた」という言葉は、生きている相手に向けるよりずっと簡単になってしまう。

それでも花は、そばにいる

この記録には、もう一つ奇妙な情報が残されている。

花が発生する場所には、弱い霊的存在が確認されている。

それが杏本人なのかは分からない。

はっきりした答えは示されない。

ただ、その存在には特徴がある。

母親の視界に入らないように移動する。

もしそれが杏なのだとしたら。

彼女は母親を恨んでいるのだろうか。

怖がっているのだろうか。

それとも。

それでも母親のそばにいたいのだろうか。

答えはない。

分かるのは。

生前と同じように。

見つからない場所にいる。

そうめん
そうめん

もし本当に杏だったら、なんで離れないんだろうな。

司書
司書

分かりません。

そうめん
そうめん

あれだけのことをされてるのに。

司書
司書

誰かを大切に思う気持ちは、必ずしも公平にはできていませんから。

愛情は、相手がいるうちにしか渡せない

もし、大切な人が明日いなくなると分かっていたら。

今日の接し方は変わるだろうか。

電話を一本かけるかもしれない。

普段なら言わないことを言うかもしれない。

少しだけ長く話すかもしれない。

だが私たちは普通、明日誰がいなくなるのかを知らない。

だから、いつでもできると思う。

また今度。

落ち着いたら。

時間ができたら。

そして、その「今度」が来ないことがある。

死んでから大切さに気づくことはできる。

後悔することもできる。

愛していたと語ることもできる。

けれど。

生きているその人に、あとから愛情を届けることだけはできない。

青い花は、彼女のすぐそばに咲く。

見えないところで。

静かに。

けれど彼女が振り向けば。

その花は、また枯れてしまう。

そこには、あまりにも遅く生まれた愛情と。

最後まで届かなかった愛情が。

同じ場所にあるのかもしれない。

そうめん
そうめん

……大切なら、生きてるうちに言えってことか。

司書
司書

少なくとも、死者に伝えるよりは簡単です。

そうめん
そうめん

今日、誰かに連絡しようかな。

司書
司書

それなら、この資料を開いた意味はあったのかもしれませんね。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

司書
司書

また次の資料でお会いしましょう。

資料・出典

SCP-1787-JP「ただあなたの傍に咲く」は、SCP Foundation日本支部で公開されている創作作品です。本記事では、原典に描かれる母親と娘・杏、そして青い花をめぐる記録をもとに、深夜資料室独自の視点から「失ってから生まれる感情」「後悔と愛情の違い」「愛情を伝えられる時間」について考察しています。SCP-1787-JPおよびSCP Foundationに関する記述は創作上の設定です。

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