SCP-173──最初の怪物は、なぜ今も見つめられ続けるのか

SCP資料
司書
司書

ようこそ、深夜資料室へ。

SCP財団には現在、数千件を超える異常存在が記録されています。

世界を滅ぼす存在。

神格そのもの。

現実を書き換える異常現象。

そんな途方もない記録群の始まりは、意外なほど単純な存在でした。

SCP-173。

コンクリートでできた、一体の彫像です。

今夜は、この怪物が何をしたのかではなく、

なぜ人々が二十年近く経った今も、この怪物を見続けているのかを考えてみましょう。

そうめん
そうめん

見続けないと折られるからでしょ!首!

「見ていれば安全」という異常

司書
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SCP-173の能力は極めて単純です。

誰かが見ている間は動けない。

しかし視線が外れた瞬間、高速で移動し、人間を殺害します。

能力だけを聞けば、近年のSCPでは珍しくもありません。

ですが173には、一つだけ決定的に異様な部分があります。

それは、

「対処法が存在するのに、完全には対処できない」

という点です。

見るだけでいい。

たったそれだけです。

しかし人間は必ずまばたきをします。

そうめん
そうめん

つまり攻略法はあるのに、

人間側の仕様が攻略を邪魔してるってこと?

司書
司書

その通りです。

173は強大だから恐ろしいのではありません。

人間の限界を前提として作られた怪物なのです。

人間は必ず負ける

司書
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人は数秒以上、目を閉じずにいることができません。

乾燥し、

痛みが生じ、

反射的にまばたきをします。

どれだけ優秀な兵士でも。

どれだけ冷静な研究者でも。

どれだけ覚悟を決めた人間でも。

必ず同じ弱点を抱えています。

173はそこを狙います。

怪物と人間の戦いではありません。

生理現象との戦いです。

しかしSCP-173の場合、

対策そのものが人間の限界に依存しています。

見続けること。

それだけです。

そうめん
そうめん

なんか急に嫌な話になってきたな……

本当に怖いのは彫像なのか

司書
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173の見た目は奇妙です。

無機質なコンクリート。

幼児のような形状。

赤く塗られた顔。

しかし私は、この彫像自体は本質ではないと思っています。

仮に173が人型だったとしても。

巨大な怪物だったとしても。

恐怖の構造は変わりません。

なぜなら恐怖の中心は、

「見続けなければならない」

という強制だからです。

視線を外したい。

休みたい。

安心したい。

その全てが許されない。

173は人間の心理そのものを追い詰める異常なのです。

そうめん
そうめん

確かに。

首を折られる瞬間より、

その前の数分の方が嫌かもしれない。

SCP文化の原点

司書
司書

SCP-173は最初のSCPとして知られています。

後に無数の異常存在が生まれました。

世界規模の脅威。

神話的存在。

複雑な物語。

それでも173は語り継がれています。

なぜならSCPという文化そのものが、

「単純なアイデアから始まった」

ことを示しているからです。

見られている間は動けない。

見られなくなれば殺す。

たったそれだけ。

だからこそ強い。

だからこそ忘れられない。

司書の記録

司書
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私は173を、

怪物というより警告に近い存在だと思っています。

人間は万能ではありません。

必ず疲れます。

必ず油断します。

必ず目を閉じます。

173はその事実を突き付けてきます。

だから今もなお語られ続けるのでしょう。

怪物が恐ろしいのではありません。

怪物の前で、人間が人間でしかいられないことが恐ろしいのです。

そうめん
そうめん

……今夜だけは、

後ろを振り返る前に一回深呼吸しておくわ。

本記事はSCP Foundationに登場する創作作品「SCP-173」をもとに制作しています。

SCP Foundationおよび関連コンテンツは Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License(CC BY-SA 3.0)の下で公開されています。

本記事も同ライセンスの条件を尊重し、出典を明記したうえで掲載しています。

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