今回の記録は、怪談というより「インターネット上で起きた大規模な謎解き」の記録です。
一本の不気味な映像に隠されていた、文字、光、音、暗号。
誰かが一つを解くたびに、また次の手がかりが現れる。
最後に待っているのは、怪物でも、説明不能の超常現象でもありません。
面白いのはむしろ、世界中の人間が約2分の映像を解析し、撮影場所を特定し、ついには制作者へたどり着いていった過程そのものです。
今回は、そんな「ネット集合知による謎解き」を、最初のDVDから順番に追っていきます。

差出人の名前がない封筒。
中には、一枚のDVD。
再生すると――
廃墟の中に、ペストマスクを被った人物が立っていました。

いやもう、DVDの時点で捨てよう。

まだ何も起きていませんよ。

その格好のやつが出てきた時点で十分だろ。
スウェーデンへ届いた、奇妙なDVD
2015年。
スウェーデンのテクノロジー系サイト「GadgetZZ」を運営していたジョン=エリック・クラービヒラーのもとへ、奇妙な郵便物が届きます。
封筒には、ポーランド・ワルシャワの消印。
差出人の住所はありません。
宛名は彼の名前と、GadgetZZの私書箱。
中に入っていたのは、一枚のディスクでした。
表面には、長い英数字の文字列。
クラービヒラーは最初、何らかのソフトウェアのプロダクトキーだと思ったといいます。
そこで予備のノートパソコンを使い、ディスクを再生しました。
しかし入っていたのは、ソフトウェアではありませんでした。
約2分間の白黒映像。
それが後に、「11B-X-1371」と呼ばれることになる映像でした。
廃墟に立つ、ペストマスクの人物
映像は、荒れ果てた建物の中で撮影されています。
崩れた壁。
窓ガラスの失われた大きな開口部。
その向こうには、木々が揺れている。
そして中央には、黒い衣服をまとった人物。
顔を覆っているのは、長い嘴のような形をしたペスト医師風のマスクです。
人物はほとんど言葉を発しません。
ただ、こちらを向いて立っている。
やがて片手を上げます。
その手の中央には、小さな光。
それが、不規則に点滅しています。
同時に聞こえるのは、音楽とは呼びにくい音。
低い唸り。
電子音。
耳障りなノイズ。
壊れた機械が、何かを必死に送信しているような音でした。

これだけなら、不気味な映像作品って感じだな。

ええ。
普通に再生するだけなら。

……普通に再生するだけなら?
一瞬だけ現れる文字
クラービヒラーは、映像を見返します。
すると、最初には気づかなかったものが見えてきます。
画面の中に、ほんの一瞬だけ文字や記号が現れる。
意味不明な英数字。
点滅。
奇妙な画像。
普通の速度で見ているだけでは、ほとんど読み取れません。
そこで映像がインターネットへ公開されると、人々は動画を停止し、フレーム単位で調べ始めました。
すると分かってきます。
これは、ただ不気味な映像を見せるためだけに作られたものではない。
最初から「解析されること」を前提に作られている。
そんな構造をしていたのです。
手の光も、ただ点滅しているわけではない
映像の中で、ペストマスクの人物は手をこちらへ向けます。
掌の中央にある光が、点滅する。
最初は、単なる不気味な演出にも見えます。
しかし、点滅には規則性がある。
視聴者たちは、光そのものにも情報が隠されているのではないかと考え始めます。
映像。
文字。
光。
音。
画面に存在するほぼすべてのものが、疑われ始めました。
ここから、11B-X-1371は一本の奇妙な映像ではなく、巨大な暗号パズルへ変わっていきます。
音を「見る」
特に注目されたのが、あの不快なノイズでした。
ただ聞いているだけでは、何を意味しているのか分からない。
そこで解析に参加した人々は、音声をスペクトログラムへ変換します。
スペクトログラムとは、音に含まれる周波数を画像として表示する方法。
つまり、音を「聞く」のではなく、見る。
すると――
ノイズの中から、映像では見えていなかった情報が現れました。
文字。
画像。
メッセージ。
中には、非常に不穏な内容を示唆するものまで含まれていました。
音だと思っていたものの中に、最初から「画像」が埋め込まれていたのです。

そんなところまで普通調べる?

誰か一人なら、途中で諦めたかもしれません。

ああ。
ネットに投げたからか。

はい。
何千人もいれば、誰かが続きを見つけます。
次々と解読される暗号
解析はさらに進みます。
Base64。
二進数。
さまざまな暗号方式。
映像のフレーム。
DVDに書かれた文字列。
音声。
点滅。
人々は、使えそうな方法を片っ端から試していきました。
そして断片的なメッセージが、次々と姿を現します。
中には、「STAND AND FIGHT WITH US」
――「我々と共に立ち、戦え」
と読める文章。
さらに、「黒い獣を倒せ」「病を殺せ」といった、攻撃的にも見える文言が解読されました。
ただし、こうした文章だけを切り取っても、誰に向けたものなのかは分かりません。
政府への批判なのか。
特定の人物への警告なのか。
思想的な声明なのか。
あるいは、ただの演出なのか。
暗号を一つ解いても、答えではなく、次の疑問が増えていく。
そんな構造になっていました。
「ホワイトハウス」を示す情報
さらに解析された情報の中には、アメリカ・ワシントンD.C.のホワイトハウスに結びつく座標や情報と解釈されたものもありました。
ここから、話の雰囲気が一気に変わります。
単なる映像作品ではないのではないか。
政治的なメッセージなのか。
誰かに対する脅迫なのか。
何らかの思想を持った人物が、匿名で声明を出しているのではないか。
ネット上では、さまざまな推測が飛び交いました。
しかし、この時点では作者すら分からない。
ペストマスクの人物が誰なのかも分からない。
映像がどこで撮影されたのかも、最初は分かりませんでした。
しかし、建物が特定される
ネットの調査は、暗号だけでは終わりません。
今度は、映像そのものが調べられます。
壁。
窓。
建物の形。
外に見える木々。
廃墟の特徴。
それらを照合した結果、撮影場所とみられる建物が特定されました。
ポーランド。
オトフォツク近郊にある、旧ゾフィウフカ療養所(Zofiówka Sanatorium)。
映像は、完全な架空世界で撮られたものではなかった。
実在するポーランドの廃墟で撮影されていた。
この特定によって、ワルシャワから送られたDVDと、映像の舞台が少なくとも同じ国へつながっていきます。

場所まで割れたのかよ。

インターネットに謎を投げるということは、世界中の人間を相手にするということです。

作者、ちょっと後悔してそう。

むしろ――
それを期待していたようです。
そもそも、最初の動画はどこから来たのか
ここで話は、少し複雑になります。
GadgetZZへDVDが届く以前にも、同じ映像はYouTube上に存在していました。
2015年5月、「AETBX」というアカウントが、二進数だけで構成されたタイトルで映像を公開しています。
その二進数を文字へ変換すると、スペイン語の「muerte(ムエルテ)」。
意味は、「死」。
さらに同年9月には、「Parker Wright(パーカー・ライト)」という名義でも同じ映像が公開されました。
つまり、「謎のDVDが突然世界で初めて発見された」という単純な話ではありません。
複数の経路から、同じ映像がネットへ現れていたのです。
そして、それぞれについて異なる説明まで語られていました。
「公園で拾ったDVD」という話
この映像について調べると、「ポーランドの公園でDVDが発見された」という話を目にすることがあります。
しかし、ここは少し注意が必要です。
初期に映像をアップロードしたAETBX側からは、「知らない女性からメールで受け取り、その女性は公園のベンチでディスクを見つけたと話していた」という趣旨の説明が出ています。
一方、GadgetZZのクラービヒラーが公開したのは、ワルシャワ消印の封筒で、自分の私書箱へ送られてきたDVDでした。
後には、作者を名乗った人物から、AETBXの説明とは異なる話も出ています。
つまり、初期の流通経路そのものにも、意図的な煙幕が含まれていた可能性があります。
作者を名乗る男
動画が大きな話題になってから、約3か月。
ついに、一人の人物が名乗り出ます。
パーカー・ワーナー・ライト(Parker Warner Wright)。
彼は、自分こそが11B-X-1371の制作者だと主張しました。
当然、すぐに信用されたわけではありません。
話題になった作品へ、後から「自分が作った」と名乗り出ることは誰にでもできます。
そこでライトは、証拠を提示していきます。
映像で使われたとみられるペストマスク。
衣装。
手袋。
手の光を制御するために使ったとされる装置やコード。
さらに、オリジナル動画へアクセスできることを示す行動。
それでも、最初は疑う人が残りました。
しかしライトは、次の手を打ちます。
続編を出した
2016年。
新たな映像が公開されます。
タイトルは、「11B-3-1369」。
そこには、最初の動画と共通する意匠が使われていました。
そして何より、ライトは公開前から、続編を出すことを示唆していた。
GadgetZZ側も続編公開後には、パーカー・ワーナー・ライトが制作者であることについて、事実上確定したと判断しています。
つまり、ペストマスクの正体不明人物が、本当に秘密の声明を送りつけていた――という事件ではなかった。
これは、意図的に作られた映像作品だった。

じゃあ全部解決じゃん。

「誰が作ったか」は、かなり明確になりました。

まだ何かあるの?

問題は、
「何を伝えようとしていたのか」です。
作者は「芸術作品」だと語った
ライトは後に、この作品について取材を受けています。
彼によれば、11B-X-1371はシリーズとして構想したアートプロジェクトでした。
映像が話題になったから慌てて続きを作ったのではなく、もともと複数作品を作る意図があったと説明しています。
ただし、「この暗号はこういう意味です」「この人物を攻撃するための作品です」と、すべての答えを明快に説明したわけではありません。
むしろ、見る人によって意味が変わるような作品として語っています。
そのため、作者が判明したあとも、暗号の解釈については余白が残りました。
政治。
権力。
病。
抵抗。
死。
そうしたモチーフが、複数の暗号や映像へ散りばめられている。
「作者が分かった」ことと、「作品を全部理解した」ことは同じではなかったのです。
なぜ、これほど多くの人が解析したのか
11B-X-1371の面白いところは、映像そのものだけではありません。
普通の映像なら、視聴者は見る側です。
再生する。
驚く。
終わる。
しかし、この作品は違いました。
一時停止する。
音声を抜き出す。
スペクトログラムにする。
暗号を解く。
建物を探す。
郵便物を調べる。
投稿履歴を追う。
作者候補を検証する。
視聴者自身が、作品の中へ参加していった。
一人では解けないものでも、別の誰かが解く。
その答えを見た人が、次の暗号を解く。
また別の人が、映像から新しい手がかりを発見する。
こうして、たった約2分の映像が、世界中の人間によって何か月も調べられる対象になりました。
怖かったのは「分からないこと」
ペストマスク。
廃墟。
ノイズ。
不気味な画像。
映像そのものにも、不穏な要素はあります。
しかし、この記録がネットを騒がせた最大の理由は、そこだけではなかったのでしょう。
何のために作られたのか分からない。
誰が送ったのか分からない。
暗号を解いても、また別の暗号が出てくる。
座標を解けば、ホワイトハウスへつながる。
映像の場所を調べれば、ポーランドの廃墟へつながる。
そして、どこまでが作品なのかすら分からない。
現実と演出の境界そのものが、パズルの一部になっていました。
「謎の動画」が完成するために必要だったもの
もし11B-X-1371が、映画館で上映されていたら。
おそらく、まったく違う作品になっていたでしょう。
DVDが届く。
差出人がいない。
ネットへ公開される。
誰かが暗号に気づく。
誰かが解読する。
別の誰かが撮影場所を見つける。
作者らしき人物が現れる。
本物かどうか、また検証が始まる。
そして続編が出る。
つまり、映像だけが作品ではなかった。
「これは何だ?」とネット上の人間が調べ始めることまで含めて、作品が完成していった。
そう考えると、ペストマスクの人物が映像の中でこちらへ向けていたものも、少し違って見えてきます。
彼は、何かを説明していたわけではありません。
答えも教えていません。
ただ、光を点滅させていた。
それを見た誰かが、
「これは信号ではないか」
と考えることを待っていた。

結局さ。
一番うまく操られてたの、動画の中の人じゃなくて視聴者じゃない?

面白い見方ですね。

だって作者は何も説明しないで、みんな勝手に暗号解いて、場所探して、正体まで探したんでしょ。

そして今も、こうして記録が残っています。
11B-X-1371。
約2分間。
ペストマスク。
廃墟。
ノイズ。
点滅する光。
それだけなら、一本の奇妙な映像で終わっていたでしょう。
しかし、誰かが一時停止しました。
誰かが音を画像へ変換しました。
誰かが暗号を解きました。
誰かが建物を見つけました。
そして、誰かが作者まで探し出した。
だからこの映像は、ただ「見る」ための作品ではありませんでした。
見た人間に、続きを調べさせるための謎だった。
そしておそらく、それこそが制作者が最初から仕掛けていた、一番大きな暗号だったのかもしれません。
出典・参考
- GadgetZZ ― 11B-X-1371に関する当時の記事・制作者検証・続編記事
- Parker Warner Wright ― 11B-X-1371 / 11B-3-1369 関連作品・発言
- The Daily Dot ― Parker Warner Wrightへの取材記事
- 11B-X-1371の公開映像および当時の解析記録
※11B-X-1371は実際の事件や超常現象ではなく、後に制作者が明らかになった映像作品です。一方、初期のDVDの流通経路や暗号の解釈には、複数の説明・推測が存在します。本記事では確認できる経緯と、当時ネット上で行われた代表的な解析を区別して紹介しています。



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