
もし、文明から離れて暮らしたいと思ったら、どこへ行きますか。

山奥とか……無人島とか?

では、本当に無人島同然の場所へ移住したとしましょう。警察もいない。病院もない。隣人もほとんどいない。そこへ見知らぬ人間が一人、また一人とやってくる。そしてある日――島から人が消え始めたら?
ガラパゴスの孤島「フロレアナ」
南米エクアドルの西、およそ1,000キロの太平洋上。
ガラパゴス諸島に、フロレアナ島があります。
現在では観光客も訪れる島ですが、1930年代初頭、その環境は現在とはまるで違いました。
ここへ1929年、ドイツから二人の男女がやってきます。
ベルリンの歯科医、フリードリヒ・リッター(Friedrich Ritter)。
そして、ドーレ・シュトラウフ(Dore Strauch)。
二人には、それぞれ別の配偶者がいました。
それでも家庭を離れ、文明社会そのものから距離を置き、二人だけで生きるためにフロレアナへ渡ったのです。
リッターは自給自足の生活を目指し、島で畑を作り、外の世界から隔絶された生活を始めます。
二人の暮らしはやがて新聞や雑誌を通じて知られるようになりました。
「文明を捨てた男女が、ガラパゴスで楽園を作った」
そんな物語として注目されたのです。
ところが、この注目が皮肉な結果を生みます。
彼らを追うように、別の人間たちが島へやってきたのです。
二組目の移住者
1932年。
フロレアナへやってきたのが、ハインツ・ヴィットマー(Heinz Wittmer)とマルグレート・ヴィットマー(Margret Wittmer)の一家でした。
ヴィットマー家もまた、島で新しい生活を始めます。
ただし、リッターとドーレは、新しい隣人の到着を必ずしも歓迎していなかったとされています。
そもそも二人は、人間社会から離れるためにここへ来た。
それなのに、自分たちの生活が有名になった結果、人が増えていく。
それでもまだ、島の生活は成立していました。
問題は、その次にやってきた人物です。
「私は男爵夫人よ」
同じ1932年。
島へ、一人の派手な女性がやってきます。
エロイーズ・ヴェーアボルン・ド・ワーグナー=ボスケ(Eloise Wehrborn de Wagner-Bosquet)。
彼女は自らを、「男爵夫人」と名乗りました。
そして彼女は一人ではありませんでした。
二人の男性を連れていたのです。
ロベルト・フィリップソン(Robert Philippson)。
そして、ルドルフ・ロレンツ(Rudolf Lorenz)。
彼女は島に、「ハシエンダ・パラダイス(Hacienda Paradise)」という豪華ホテルを建設すると宣言します。
観光客を呼び、自分はフロレアナの女王のような存在になる。
実際、彼女は自らを島の「女帝」のように演出し、訪問者やメディアの注目を集めました。

急にキャラ濃すぎない?

そうですね。そして、島にいた他の人々も同じように感じていたようです。
小さな島に三つの勢力
こうしてフロレアナには、リッターとドーレ。
ヴィットマー一家。
そして男爵夫人と二人の男性。
三つのグループが暮らすことになります。
人口が数人しかいない島。
普通なら協力しなければ生活できないように思えます。
しかし、実際には逆でした。
食料。水。郵便。島を訪れる船から受け取る物資。そして、訪問者からの注目。
限られたものを巡って、住民たちの関係は次第に悪化していきます。
特に男爵夫人は強烈でした。
彼女は島の主役として振る舞い、他の住民との間に対立を作っていきます。
しかし、さらに危険だったのは、彼女自身の家の中でした。
男爵夫人と二人の男
男爵夫人と一緒に暮らしていた、フィリップソンとロレンツ。
二人の関係は対等ではありませんでした。
次第に男爵夫人はフィリップソンを寵愛し、ロレンツは冷遇されるようになったとされています。
ついには男同士の衝突も起き、ロレンツは男爵夫人たちの住居を離れて、ヴィットマー家を頼るようになります。
島には警察署などありません。
隣の家へ逃げても、その「隣」が普通の町のように数十メートル先にあるわけでもない。
逃げ場そのものが限られていました。
そして1934年。
ついに、最初の失踪が起こります。
男爵夫人が消えた
1934年3月。
男爵夫人エロイーズと、彼女が寵愛していたフィリップソンが、突然フロレアナ島から姿を消します。
問題は、ここからです。
二人が島を離れたところを確実に確認した人間が、ほとんどいない。
後にマルグレート・ヴィットマーは、男爵夫人から直接話を聞いたと証言しています。
アメリカ人の友人がヨットで島へやってきた。
自分とフィリップソンは、その船で南太平洋へ向かう。
もう島には戻らない。
そのような内容だったとされています。
一見すると、ただの出発です。
でも、おかしい。
そのヨットを誰も見ていない
島へ船が来れば、普通は分かります。
まして、男爵夫人を連れて旅立つほどのヨットです。
ところが、リッターとドーレは、その船を見ていない。
リッターたちの住居は湾を見渡しやすく、訪問船を発見することも多かったにもかかわらずです。
さらに、男爵夫人たちの住居には、彼女たちの所有物が残されていました。
本当に突然、豪華な旅行へ招待され、そのまま二度と戻らないつもりだったのか。
そして何より、男爵夫人とフィリップソンが、その後どこかで生きていたという確実な記録がない。
二人は、そのまま歴史から消えました。
遺体も確認されていません。
「二人は殺された」
ドーレ・シュトラウフは、後にかなり恐ろしい推測をしています。
男爵夫人とフィリップソンは、ロレンツに殺されたのではないか。
ロレンツには動機があった。
男爵夫人との関係は悪化し、フィリップソンとも激しく対立していた。
ドーレは後に、ロレンツが二人を殺し、島の木を使った強い火で遺体を焼いたのではないかと考えました。
さらに、ヴィットマー一家はロレンツを哀れみ、「男爵夫人はヨットで去った」という話に協力したのではないか。
そんな疑いまで持っていました。
しかし、これはあくまでドーレの推測です。
殺害現場は見つかっていません。
遺体もない。
殺人を証明する物証もない。
つまり、男爵夫人とフィリップソンに何が起きたのかは、現在も確定していません。
そして奇妙なことに、二人が消えたあと、ロレンツ自身も島から逃げるようになります。
ロレンツも島から消えた
男爵夫人たちの失踪後、ロレンツは島を出ようとします。
1934年7月、島を訪れたノルウェー人船乗りとともにフロレアナを離れました。
ところが――
二人は目的地へ到着しませんでした。
船ごと消息を絶ったのです。
数か月後、別の島で
時間が経ちます。
そして同年、フロレアナから離れた無人島、マルチェナ島で二人の遺体が発見されます。
島は乾燥しており、遺体は強い日差しによってミイラ化していました。
二人は助けを求めるため、旗を立てていました。
近くには小さなボート。
しかし、オールがありませんでした。
鳥やアシカを食べた痕跡もあったとされています。
食べ物を確保することはできた。
しかし、マルチェナ島には彼らが生き続けるために必要なものがありません。
飲み水です。
二人は、渇きによって死亡したと考えられています。

ちょっと待って。男爵夫人たちが消えて、そのあとロレンツも死んだの?

はい。

これで終わり?

いいえ。まだ一人、死にます。
今度はリッターが死んだ
1934年11月。
最初に島へ移住していた、フリードリヒ・リッターが突然倒れます。
原因は、食中毒とされています。
食べたのは、保存状態に問題があったとされる鶏肉でした。
そして、リッターは死亡します。
しかし、これも後に疑惑を生みました。
リッターとドーレの関係も、この頃には決して良好ではなかった。
そのため、「ドーレが毒を盛ったのではないか」という説まで現れます。
ただし、これについても殺人を証明する決定的証拠はありません。
1934年のフロレアナでは、噂と疑惑が、事実を覆い始めていました。
たった数か月で起きたこと
一度整理してみましょう。
- 男爵夫人エロイーズとフィリップソンが失踪。
- ロレンツが島から脱出し、同行した船乗りとともに別の島で死亡。
- リッターが食中毒とされる症状で死亡。
数か月の間に、失踪者2人、死亡者3人。
しかも、それぞれが完全に無関係だったとは言い切れない。
全員が、人口わずか数人の同じ島で生活していました。
生き残った人々の証言が一致しない
普通の事件なら、警察は関係者から話を聞きます。
しかし、ここは1934年のガラパゴス。
島にいた人間そのものが、事件の当事者です。
そして、彼らの証言は完全には一致しません。
男爵夫人は、本当にヨットで去ったのか。
そんなヨットは存在したのか。
ロレンツは、二人の失踪に関係していたのか。
ヴィットマー一家は、何かを知っていたのか。
リッターの死は、本当にただの食中毒だったのか。
ドーレは、どこまで真実を話していたのか。
証言する人間それぞれに、感情があります。
嫌悪。嫉妬。恐怖。恋愛。そして、自分を守る理由。
だから、一つの証言だけを採用すると、事件の姿そのものが変わってしまうのです。
誰が嘘をついている?

じゃあ結局、誰の話が本当なの?

分かりません。

ヴィットマーさんが嘘ついた可能性もある?

あります。

ドーレの「ロレンツが殺した」も?

推測です。

じゃあロレンツが犯人とも言えない?

言えません。それが、この事件を厄介にしています。
男爵夫人とフィリップソンが殺されたと仮定すれば、疑わしい人物は存在します。
しかし、そもそも二人が殺されたという証拠すらない。
本当に島を離れ、どこかで別の人生を送った可能性も完全には排除できません。
一方で、「迎えのヨットが来た」という話には、当時から疑問が残されています。
事件の入口そのものが確定していない。
だから、出口にも辿り着けないのです。
そして最後に島へ残った一家
事件のあと、ドーレはフロレアナを離れ、ドイツへ帰国しました。
彼女は後に、島での生活について文章を残します。
一方、ヴィットマー一家は違いました。
彼らは島に残りました。
そして、その子孫もフロレアナとの関係を持ち続けました。
マルグレート・ヴィットマーも長く生き、フロレアナで起きた出来事について語り続けました。
しかし、男爵夫人とフィリップソンの行方について、誰もが納得する答えが明かされることはありませんでした。
「楽園」で何が起きたのか
フロレアナへ渡った人々は、最初から殺し合うために集まったわけではありません。
少なくとも最初の移住者たちは、文明から離れた生活を求めていました。
静かな島。自給自足。誰にも邪魔されない生活。
それは、彼らにとっての楽園だったはずです。
しかし、人数が増える。
物資は限られている。
逃げ場もない。
嫌いな相手とも、同じ小さな島で暮らさなければならない。
そこへ、恋愛と嫉妬、支配と暴力、金、名声まで入り込んでくる。
孤島は、外の世界から人間を守る場所ではなくなりました。
むしろ、人間同士から逃げられない場所になった。

無人島って、人がいないから怖いんだと思ってた。

この島では逆でした。

人が少なすぎるから?

ええ。誰かが消えた時、事情を知っている可能性があるのも、疑われるのも、同じ数人しかいません。
1934年。
フロレアナ島から、二人が消えました。
その後、島から逃れようとした男が死に、船乗りが死に、最初の移住者まで死んだ。
しかし、誰かが殺したのか。事故だったのか。どこからが嘘なのか。
それすら、今も完全には分かっていません。
男爵夫人が作ろうとした場所には、皮肉な名前が付けられていました。
Hacienda Paradise――「楽園」。
そこに残されたのは、楽園とは正反対の記録でした。
住民が数人しかいない島で起きた事件なのに、最後まで誰が真実を話していたのか分からない。
それが、フロレアナ島事件です。
出典・参考
- Smithsonian Institution Archives ― フロレアナ島の移住者・「男爵夫人」・1934年の失踪と死亡に関する記録
- 当時のフロレアナ島移住者が残した回想・記録
- ガラパゴス諸島史に関する公開史料
※本事件は、当事者による証言や後年の回想に食い違いがあります。男爵夫人とフィリップソンの殺害、ロレンツの関与、リッターの死に関する他殺説などは確定した事実ではありません。本記事では、確認できる出来事と当事者・後世の推測を区別して記載しています。



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