
雨音がピアノになる傘?

ええ。雨粒が傘に当たるたび、音が旋律へ変わります。

なんか今回は平和そうだな。

そうですね。少なくとも、この傘は誰かを襲うために演奏しているわけではありません。

じゃあ、なんでSCPになったんだ?

その傘の持ち主が、もう演奏できないからです。
夢が叶わなかった人は、世の中にいくらでもいる。途中で諦めた人もいれば、環境が変わった人もいる。そして、自分ではどうすることもできない理由で、その場所まで辿り着けなかった人もいる。
もし、その人がいなくなったあとも夢の続きだけが残っていたらどうだろう。最初は拙く、それでも何度も練習し、褒められるたびに上達していく。そしていつか、本来立つはずだった観客の前で最後の一曲を弾き終える。それを「夢が叶った」と呼んでもいいのだろうか。
SCP Foundation日本支部で公開されている創作作品、SCP-548-JP「歌う雨音」。これは一見すると、雨音をピアノへ変える一本のビニール傘の記録だ。しかし最後まで読むと、その演奏がなぜ続いていたのかを考えずにはいられなくなる。
雨が降ると、傘がピアノを弾く
SCP-548-JPの外見は、ごく普通のビニール傘だ。細かな傷や汚れはあるものの、構造そのものに異常はない。ところが傘布へ本物の雨粒が当たり続けると、本来聞こえるはずの雨音がピアノの音色へ変化する。最初に演奏されるのは、ショパンの「練習曲作品10第3番ホ長調」。日本では「別れの歌」として知られる曲だった。 [oai_citation:1‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
雨さえ続いていれば、一曲が終わったあとに別の曲を口頭でリクエストすることもできる。難しい曲を頼めば最初は旋律が乱れるが、演奏を繰り返すたびに少しずつ上達していく。さらに演奏後に拍手や賛辞を送ると、上達する速度は通常の3倍から5倍にまで高まり、聴いた人間には音色そのものが「嬉しそう」「楽しそう」に感じられた。 [oai_citation:2‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
逆に罵声を浴びせれば、演奏は乱雑になる。実験では大音量の演奏によって被験者の鼓膜が損傷したこともあり、リクエストそのものを無視する場合さえあった。単純な自動演奏装置ではなく、財団はSCP-548-JPに何らかの自我が存在する可能性を考えるようになる。 [oai_citation:3‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)

褒めたら上手くなるのか。

ええ。しかも、一人より大勢から褒められたほうが上達します。

……普通の子どもみたいだな。

その感想は、案外遠くないかもしれません。
その傘は、10歳の少女のものだった
SCP-548-JPが発見されたのは、██県█市で発生した交通事故の現場だった。当日は雨が降っており、現場に残された傘から突然ピアノの演奏が始まったことで、警察内部に潜入していた財団エージェントが異常を把握した。 [oai_citation:4‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
調査によって、その傘が事故に遭った10歳の少女の持ち物だったことが判明する。少女はその日、ピアノコンクールへ向かう途中だった。そしてコンクールで演奏する予定だった課題曲こそ、SCP-548-JPが雨の中で最初に奏でた「練習曲作品10第3番ホ長調」――「別れの歌」だった。 [oai_citation:5‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
ここで注意したいのは、原典が「少女の魂が傘へ宿った」と断定しているわけではないことだ。なぜ傘に異常性が生まれたのか、その仕組みは説明されていない。ただ、少女が演奏するはずだった曲を弾き、褒められると喜ぶように上達していく傘だけが残った。
だからこそ、その偶然は妙に人間らしく見える。
演奏しなければ、下手になっていく
SCP-548-JPには、もう一つ奇妙な性質があった。長期間演奏できない状態が続くと、せっかく身につけた演奏技術が衰えてしまうのだ。収容施設周辺で約1か月雨が降らなかったあと、久しぶりに演奏させると技術は大きく低下していた。しかし実験を繰り返すと、再び以前の水準まで戻っていった。 [oai_citation:6‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
翌年にも同じ現象が確認され、財団は異常性を維持するため、雨天時には積極的に演奏させるよう収容手順を変更する。さらに安定した雨量が見込めるサイトへ移送された。財団が危険な異常存在を封じ込めるのではなく、異常性そのものが消えないよう「練習させる」収容を始めたのである。 [oai_citation:7‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
それでも後に、日本列島を覆った大寒波によって約3か月間雨が降らない期間が発生した。SCP-548-JPの演奏技術は再び大きく低下し、ピアノの音より普通の雨音のほうが目立つほどになってしまう。 [oai_citation:8‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
そこで財団は、一つの実験を計画した。
一人ではなく、大勢の観客の前で
サイトのグラウンドに屋外ステージが設けられ、Dクラス職員を中心に約200名の観客が集められた。実際には予定以上の人員が集まり、正確な人数さえ分からなくなったという。そこでSCP-548-JPに複数の難曲を演奏させ、一曲が終わるたびに大勢で拍手と賛辞を送った。 [oai_citation:9‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
「カルメン前奏曲」。続いて「ラ・カンパネラ」。そして「トルコ行進曲」。演奏するたびに技術は急速に上達し、最後には極めて高い水準へ達した。音色は終始「楽しそう」「嬉しそう」だったと記録されている。 [oai_citation:10‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
ここまでは、財団が意図したとおりだった。しかし演奏が終わり、次の曲をリクエストすると、SCP-548-JPは初めて応じなかった。
約10分間、傘には雨が当たり続けた。それでもピアノの音は鳴らない。大勢の観客が待つ中で、SCP-548-JPは沈黙した。
そして突然、誰にも頼まれていない曲を弾き始めた。
最後に選んだのは、「別れの歌」だった
SCP-548-JPが自ら選んだのは、ショパンの「練習曲作品10第3番ホ長調」。あの交通事故の日、10歳の少女がコンクールで演奏するはずだった課題曲だった。 [oai_citation:11‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
最初に発見されたときから演奏していた曲。しかし今度は、事故現場でも、研究員一人だけの実験でもない。大勢の人間が聴き、一曲ごとに拍手を送り続けた演奏会の最後だった。
その場にいた職員は全員、最後の演奏から「満足感」のようなものを感じたと報告している。 [oai_citation:12‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
そして曲が終わった直後、SCP-548-JPはまるで巨大な何かに衝突されたかのように突然跳ね飛ばされた。石突は粉砕され、中棒や骨組みが壊れ、傘布には大型車のタイヤ痕が浮かび上がった。修理は行われたものの、二度とピアノの音は鳴らなかった。 [oai_citation:13‡SCP財団](https://scp-jp.wikidot.com/scp-548-jp)
SCP-548-JPは、SafeからNeutralizedへ変更された。

……事故が、もう一回起きたみたいじゃん。

そう見えますね。

でも今度は、曲を最後まで弾いたあとだった。

ええ。大勢の人に聴いてもらって、拍手も受けました。

それで「満足そう」だったのか。

少なくとも、そこにいた人たちはそう感じました。
少女の魂だったのか
ここからは、原典に答えのない部分を考えてみたい。SCP-548-JPの正体が事故で亡くなった少女だったとは、どこにも書かれていない。少女の霊が傘に宿ったとも、彼女が演奏を続けていたとも断定できない。
確認できるのは事実の並びだけだ。少女はコンクールへ向かっていた。事故に遭った。その傘から課題曲が流れ始めた。傘は演奏を繰り返すほど上手くなり、拍手されるほど楽しそうに演奏した。そして大勢の観客の前で課題曲を弾き終えた直後、事故を再現するように壊れ、異常性を失った。
それだけなら偶然として記録することもできる。しかし、その最後の演奏が「満足そうだった」という記録が残っている。
その一文があるだけで、一本の古いビニール傘が、どこか演奏を終えた子どものように見えてしまう。
叶わなかった夢は、あとから叶うのか
本来、少女はあの日にコンクールへ行くはずだった。練習してきた曲を弾き、誰かに聴いてもらい、演奏が終われば拍手を受けるはずだった。その未来は事故によって失われた。
だから後から傘が演奏したとしても、「少女の夢が叶った」と簡単に言うことはできない。本人がステージに立ったわけではない。失われた時間も人生も戻ってこない。
それでも、完全に無意味だったとも言い切れない。最初は乱れていた演奏を、誰かが聴いた。拍手した。褒めた。雨が降らなければ、財団は雨の多い場所へ移した。下手になれば、また練習させた。そして最後には、大勢がその演奏を聴いた。
もしSCP-548-JPが本当に何かを望んでいたのなら、財団がしたことは「収容」よりも少し違うものだったのかもしれない。
叶えられなかった演奏会を、最後まで見届けること。
最後の一曲を聴く人がいた
SCP-548-JPには、世界を滅ぼす力も、人間を異世界へ連れ去る能力もない。雨が降ったときに、ピアノを弾く。それだけの異常存在だった。
しかし、その程度の異常だったからこそ、財団は長い時間をかけて演奏を聴くことができた。危険だから封じるのではなく、異常性が消えないよう雨の中へ出し、何度も拍手を送った。
そして最後の演奏会で、SCP-548-JPは頼まれていない「別れの歌」を選んだ。
曲が終われば、もう演奏することはなかった。
少女がそこにいたのかは分からない。
ただ、あの日には届かなかったはずの拍手だけは――最後まで届いた。

これ、悲しい話なのかな。

どうでしょう。

事故で死んだんだろ。しかも最後は傘まで壊れてる。

ええ。失ったものが戻ったわけではありません。

でも最後は、ちゃんと弾けた。

大勢が聴いていました。

拍手もされた。

ええ。

……じゃあ、少なくとも最後の演奏は寂しくなかったな。

そうですね。

雨の日に始まった演奏会は、雨の中でようやく幕を閉じました。

今夜の記録は、ここまでです。

次回の資料で、お会いしましょう。
資料・出典
SCP-548-JP「歌う雨音」は、29mo氏によってSCP財団日本支部で公開されている創作作品です。原典では、交通事故に遭った10歳の少女が所持していたビニール傘として記録され、雨滴が傘布へ当たると雨音がピアノ演奏へ変化します。演奏は経験によって上達し、拍手や賛辞によって成長速度が増す一方、長期間演奏しないと技術が衰えます。最終実験では大勢の観客の前で高い演奏技術を獲得した後、自ら少女の課題曲だった「練習曲作品10第3番ホ長調」を演奏し、その直後に交通事故を想起させる損傷を受けて異常性を喪失しました。本記事では「少女の魂である」という解釈を事実として扱わず、「叶えられなかった夢を誰かが見届けることに意味はあるのか」という視点から考察しています。SCP-548-JPおよびSCP財団に関する記述は創作上の設定です。
原典:SCP-548-JP「歌う雨音」 / 29mo(SCP財団日本支部、CC BY-SA 3.0)



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