リアル ―― 終わったはずの怪異

怪異記録

怪異記録概要

何かに取り憑かれたとしても、お祓いを受ければ何とかなる。

そんなイメージを持っている人は多いかもしれない。

だが、この話を投稿した人物は冒頭でそれを否定している。

一度や二度のお祓いで、どうにかなるとは限らない。

長い時間をかけて、ゆっくりと蝕まれていくこともある。

彼の場合、その期間は――

およそ二年半。

しかも、五体満足で普通の生活を送れるようになった後でさえ、

本当に終わったのかは分からない。

始まりは、同期から聞いた何気ない話だった。

「あることをすると、“何か”が来る」

よくある怪談の一つ。

少なくとも、そのときはそう思っていた。

これは2009年、ホラー投稿サイト『ホラーテラー』へ投稿された怪談。

『リアル』。

司書
司書

今回の記録は、何気なく聞いた「やってはいけないこと」から始まります。

そうめん
そうめん

そういうの聞いたら、普通は絶対やらないけどな。

司書
司書

本人も試すつもりはありませんでした。少なくとも、最初は。

やってはいけないこと

当時23歳、社会人一年目。

新しい生活に慣れるだけで精一杯だった頃、Tには仲のいい同期がいた。

東北出身のその男はオカルトに詳しく、飲んでいるときなどに妙な話を聞かせてくることがあった。

その中に一つだけ、少し変わった話があった。

ある行為をすると、“何か”が来る。

ただし、やってはいけない。

原文では、その行為そのものが伏せられている。

わざわざ試そうとも思わなかったし、その話もいつしか記憶の隅へ追いやられていた。

それからしばらくして、Tは同期を含む仲間たちと心霊スポットへ肝試しに出かける。

その場では、特に何も起こらなかった。

問題が起きたのは、

その三日後だった。

自宅の1R。

姿見の前にいたTは、ふと自分の体勢に違和感を覚えた。

どこかで聞いたことがある。

何だったか。

記憶を辿って――思い出した。

同期から聞いた、

あの話。

偶然にも今の自分は、その「やってはいけないこと」と同じ状態になっている。

そして、その状態で――

右を見る。

Tは、

見てしまった。

そこに――

いた。

“アイツ”

何もなかったはずの部屋に、

人がいる。

身長は160センチほど。

腰まで伸びた乱れた髪。

白い和服。

そして、その顔。

見えない。

何枚もの札のようなものが貼り付けられ、顔を覆い隠している。

そいつはTへ襲いかかってくるわけでもない。

近づいてくるわけでもない。

ただ、その場で身体を小さく左右に揺らしている。

ゆら、ゆらと。

それだけだった。

だが、

Tには耐えられなかった。

部屋から飛び出し、人のいるコンビニへ逃げ込む。

その夜は自宅へ戻ることができず、ファミレスで朝を待った。

空が白み始めた頃。

ようやく部屋へ戻る。

恐る恐るドアを開ける。

――いない。

アイツは消えていた。

明るくなった安心感もあったのだろう。

時間が経つにつれ、Tの中には別の考えも浮かんできた。

本当は、

何もいなかったんじゃないか。

そんなものが現れるなんて、普通に考えればあり得ない。

少しずつ冷静さを取り戻しながら、部屋の電気をつける。

そこで、

昨夜の出来事を裏付けるものが目に入った。

アイツがいた辺りの床。

そこに、

大量の泥のようなものが残されていた。

足跡などという量ではない。

しかも、強烈な悪臭を放っている。

さらに――

電気のスイッチを押した自分の左手にも、

泥が付いていた。

そうめん
そうめん

……見間違いじゃ済まなくなったな。

司書
司書

ええ。少なくともこの記録では、“見た”だけでは終わっていません。翌朝になっても、アイツがいた場所には痕跡が残っていました。

首に巻き付いたもの

異変は部屋だけでは終わらなかった。

今度は、

T自身の身体に現れる。

首が異様に熱い。

確認すると、赤い発疹が首をぐるりと一周していた。

その形は、

まるで縄を巻き付けられた痕のようだった。

やがて熱が出る。

痕から血が滲み、

膿まで出始める。

家族も異変に気づき、寺社を頼った。

だが、

状況は簡単には変わらない。

そして何よりTを追い詰めていたのは、

身体の異変だけではなかった。

アイツが、また現れるかもしれない。

どこにいるのか分からない。

いつ現れるのかも分からない。

そんな中、母親から祖母へ連絡が入り、そこから一人の尼僧へ話が伝わった。

S先生。

祖母が昔から懇意にしている人物だった。

S先生も話を聞き、Tのもとへ来てくれることになる。

だが、

それは三週間先。

今のTにとって、

あまりにも長い時間だった。

林という男

そんなTを見て、同期が一人の男を紹介する。

林。

除霊ができるという人物だった。

ところが話を進めていくうちに、どうにも信用できない部分が見え始める。

要求する金額も膨れ上がっていく。

それでも、

Tは頼るしかなかった。

これで終わるなら。

これでアイツから解放されるなら。

そして、

除霊の日がやってくる。

林が儀式を始める。

Tはその様子を見ていた。

そのとき。

視界の中に、

見覚えのあるものが入った。

アイツだ。

Tと林の間にいる。

乱れた長い髪。

白い和服。

札で覆われた顔。

だが今度は、

ただ揺れているだけではなかった。

林の顔へ近づく。

覗き込む。

そして――

何かを囁き始めた。

Tには聞こえない。

だが、

林には聞こえている。

次第に林の様子がおかしくなっていく。

笑う。

震える。

涎を垂らす。

何度も頷く。

まるで、

アイツの話を聞き、それに答えているように。

そして林は、

その場から逃げ出した。

後に同期が語ったところでは、

逃げる途中の林は笑ったかと思えば震え、

「俺は違う」

「そんな事しません」

そんな言葉を口にしていたという。

そうめん
そうめん

……何を言われたんだよ。

司書
司書

分かりません。アイツが林に何を囁いたのかは、最後まで明かされていません。

そうめん
そうめん

Tには聞こえなくて、林には聞こえてたんだよな……。

林がその後どうなったのか、

誰も知らない。

限界

アイツを再び見てから数日。

身体は少しずつ回復していた。

熱も下がり、

首にも痕は残っているものの、体力は戻り始めていた。

だが、

精神はまったく回復していなかった。

朝も夜も関係ない。

いつ、

どこからアイツが現れるのか。

そればかり考えてしまう。

眠れない。

食事もまともに取れない。

窓の外で木が揺れる。

洗濯物が動く。

そんな些細なことにさえ、

「アイツじゃないか」

と怯える。

わずか十日足らず。

それだけで、Tの生活は壊れていた。

まともに社会生活を送ることもできなくなり、

会社も辞めた。

S先生が来るまで、

まだ二週間以上ある。

Tには長すぎた。

そんな息子を見かねた両親は、

Tを車へ乗せる。

向かった先は、

S先生のもとだった。

「ドォシッテ?」

長い移動の末、

TはようやくS先生と対面する。

話を聞いてもらう。

これまで頼った場所とは違う。

今度こそ、

何とかなるかもしれない。

その最中だった。

――いる。

また、アイツがいる。

S先生の前でも関係ない。

アイツは現れた。

そして、

Tへ近づいてくる。

顔を覗き込む。

初めて、

その声を聞いた。

「ドォシッテ?」

甲高い声。

「ドォシッテ?」

また。

何度も。

Tの顔を覗き込みながら繰り返す。

やがて、

アイツの手が動いた。

伸びた先は、

自分の顔。

正確には――

顔を覆っている札。

指が札へ触れる。

一枚を、

ゆっくりと剥がそうとする。

その瞬間。

S先生が止めた。

札は剥がれなかった。

だから、

その下に何があったのか。

Tが見ることはなかった。

そうめん
そうめん

……止めてくれてよかったやつだろ、これ。

司書
司書

何が隠されていたのかは分かりません。原文も、札の下については何も語っていません。

本山へ

S先生は、

その場でアイツを消し去ることはしなかった。

代わりにTを、

自らの宗派の本山へ預ける。

そこで生活し、

T自身が徳を積む。

同時に、

アイツを供養する。

そんな日々が始まった。

一週間。

一か月。

二か月。

三か月。

これだけ過ごせば、

もう帰れるのではないか。

だが、

S先生は許さなかった。

まだ帰ってはいけない。

理由は、

まだ残っているから。

結局、

Tが本山で過ごした期間は約五か月に及んだ。

ようやく日常へ戻ってからも、

それで終わりではない。

最初の一年は毎月。

次の一年は三か月に一度。

TはS先生のもとへ通い続けた。

同期も、

何もなくてもTの家を訪れるようになった。

S先生のところへ向かう前。

そして、

帰ってきた後。

必ず連絡を入れてきた。

時間だけが過ぎていく。

そして、

アイツを最初に見てから約二年。

ようやくS先生から、

もう心配はいらなそうだと告げられる。

二年。

長かった。

ようやく、

終わった。

そう思った。

三か月後

S先生が亡くなった。

「もう心配はいらなそうだ」

そう言われてから、

およそ三か月後のことだった。

S先生は高齢だった。

だから、

亡くなったこと自体に不自然なものがあったわけではない。

葬儀が終わる。

時間が過ぎる。

そして、

四十九日を過ぎた頃。

祖母からTへ、

一通の封筒が届いた。

中には、

もう一通の手紙。

書いたのは――

S先生。

生前に残していたものだった。

四十九日が終わった後、

Tへ渡してほしい。

そう頼んでいたという。

Tは手紙を開く。

読み進める。

そして、

二年間信じてきたものが崩れ始める。

S先生が隠していたこと

初めて会った日。

S先生は、

Tの前では平静に見えた。

アイツが現れても取り乱さず、

Tを守った。

だからTは、

この人なら何とかしてくれる。

そう思っていた。

だが。

手紙に書かれていたことは、

まったく違った。

S先生も、怖かった。

初めてTを見たときから。

Tに付いているものを見て、

自分の手には負えないかもしれないと感じていた。

それでも、

すでに怯えきっているTの前で、

自分まで恐怖を見せるわけにはいかなかった。

だから、

隠していた。

本山で三か月が過ぎてもTを帰さなかったのも、

単なる念のためではない。

まだ、

アイツが残っていた。

そして二年が経ち、

Tにもう心配はいらなそうだと告げたときでさえ――

本当にアイツが消えたのか、

確信は持てていなかった。

そうめん
そうめん

……じゃあTは、ずっと「S先生なら分かってる」って思ってたのに。

司書
司書

ええ。ですがS先生自身も、最後まで「完全に消えた」と確信することはできなかった。

そうめん
そうめん

じゃあ……本当に終わったの?

司書
司書

分かりません。

二年間、

何も起きていない。

姿も見えない。

気配も感じない。

普通なら、

終わったと思う。

Tだって、

そう思っていた。

だが、

もう無理だった。

手紙を持つ手が震える。

汗が出る。

鼓動が速くなる。

まだ終わっていないのか?

急に、

どこかからアイツに見られているような気がしてくる。

消えたのではなく、

隠れていただけなのではないか。

その気になれば、

いつでも目の前に現れられるのではないか。

一度疑い始めると、

もう止まらない。

本当に終わったのか

S先生は、

もしかするとアイツに苦しめられていたのではないか。

だから、

あんな手紙を残したのではないか。

林は?

林も、

アイツに付きまとわれていたのではないか。

あのとき、

一体何を囁かれた?

自分には聞こえなかった、

もっと直接的な何かを聞かされていたのではないか。

疑えば疑うほど、

分からなくなる。

最初の遭遇から、

およそ二年半。

結局、

アイツの正体も分からない。

なぜTが狙われたのかも分からない。

そして、

終わったのかどうかさえ分からない。

最後の告白

ここまで体験を語ってきた「俺」は、

最後になって謝罪する。

この話には、

小さな嘘がいくつもある。

分かりやすくするために変えた部分。

自分には分からない部分。

それについては、

目をつぶってほしいという。

だが、

本当に謝りたいのはそこではない。

もっと根本的な部分。

この話そのものの成り立ちに関わる嘘。

それを、

最初から隠していた。

気づかれないようにしていた。

そうしなければ、

この話を伝えることができないと思ったから。

そして最後に、

語り手は自分が何者なのかを明かす。

「俺は○○だよ。」

そうめん
そうめん

…………え?

ここまで、

読者はT本人の体験談を読んでいたはずだった。

23歳の社会人一年目。

姿見の前でアイツを見た。

首に縄のような痕が現れた。

林を呼んだ。

本山で生活した。

S先生から手紙を受け取った。

すべて、

Tが「俺」として語っていた。

そう思っていた。

だが、

違う。

この記録を書いていたのは、

Tに“やってはいけないこと”を教えた――

あの同期だった。

そして原文は、

最後にもう一言だけ残して終わる。

「今更悔やんでも悔やみきれない。」

Tはどうなったのか

では、

Tはどこにいるのか。

原文には、

書かれていない。

Tが死亡したとは書かれていない。

アイツが戻ってきたとも書かれていない。

S先生の死が怪異によるものだったとも書かれていない。

だから、

どれも事実として語ることはできない。

しかし。

なぜ同期が、

T本人のようにこの話を書いたのか。

どうして、

Tにしか分からないはずの出来事まで語ることができたのか。

そして、

何より。

なぜ最後に、

「悔やんでも悔やみきれない」

という言葉を残したのか。

答えはない。

そうめん
そうめん

……最初から読み直したくなるな。

司書
司書

「俺」がTではないと知ってから読むと、それまでとは意味が変わりますからね。

そうめん
そうめん

でも……結局Tがどうなったのか分からないんだよな。

司書
司書

ええ。死亡したという解釈もあります。しかし原文には書かれていません。そこから先は、私たちの想像でしかない。

だからこそ、

最後に一つの疑問が残る。

Tの体験は、なぜT自身によって語られなかったのか。

まとめ

顔を札で覆った“アイツ”。

翌朝まで残された、

悪臭を放つ泥。

首に現れた、

縄のような痕。

林だけが聞いた囁き。

剥がされることのなかった札。

そして、

S先生ですら最後まで確信できなかった怪異の行方。

『リアル』には、

多くの答えが残されていない。

Tがその後どうなったのかも、

最後まで明かされることはなかった。

二年半。

それだけの時間が過ぎても、

「もう終わった」と確信することはできなかった。

怪異を見ることよりも。

襲われることよりも。

もしかすると、

もっと恐ろしいのは――

何も起きていない今でさえ、

本当に終わったのか分からないことなのかもしれない。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。また次の資料でお会いしましょう。

出典

『リアル』
原著作者:匿名さん
初出:怖い話投稿サイト「ホラーテラー」
2009年11月24日より投稿
原文記録:『リアル 1〜6』

※現在、初出サイト上の原文を直接確認することが困難なため、保存・転載されている記録と照合して構成しています。

ライセンス

本記事は、インターネット上に投稿された怪談『リアル』について、出典を明記したうえで内容を紹介・考察したものです。

原文の著作権は原著作者に帰属します。

おまけ

そうめん
そうめん

司書。アイツの顔に貼ってあった札さ。もしあのとき剥がれてたら、何が見えたんだろうな。

司書
司書

分かりません。

そうめん
そうめん

……気にならない?

司書
司書

なりますよ。ですが、知らなくていいことを確かめた結果が、この記録の始まりです。

そうめん
そうめん

…………寝よ。

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