1991年、アメリカ・テキサス州。
閉店間際のヨーグルトショップで、13歳から17歳の少女4人が殺害され、店には火が放たれました。
そしてこの事件は、30年以上が経過した現在も未解決です。

今回の記録は、1991年にアメリカで実際に起きた、
現在も未解決の殺人事件です。
テキサス州のヨーグルトショップで、13歳から17歳の少女4人が殺害され、店には火が放たれました。

30年以上前で、まだ犯人が分かってない?

ええ。
ですが、この事件が異様なのは、単に犯人が見つからなかったからではありません。
一度は容疑者が逮捕され、自白があり、裁判で有罪判決まで出ています。

……それで未解決なの?

その「解決」が、後に崩れたんです。
1991年12月6日、オースティン
アメリカ・テキサス州オースティン。
金曜日の夜。
現場となったのは、I Can’t Believe It’s Yogurt!(アイ・キャント・ビリーブ・イッツ・ヨーグルト)というヨーグルトショップでした。
そこで働いていたのが、17歳のJennifer Harbison(ジェニファー・ハービソン)。
その夜、店にはジェニファーの妹、15歳のSarah Harbison(サラ・ハービソン)も来ていました。
さらに、17歳のEliza Thomas(エリザ・トーマス)。
13歳のAmy Ayers(エイミー・エアーズ)。
4人の少女が、閉店間際の店内にいました。
彼女たちは、その夜を最後まで過ごすことになります。
午後11時47分、火災通報
深夜が近づいたころ。
ヨーグルトショップから煙が上がります。
午後11時47分ごろ、火災が通報されました。
消防隊が到着し、店内の火を消していきます。
当初は、単なる店舗火災に見えたかもしれません。
しかし消火活動が進むにつれて、店内から遺体が発見されます。
一人ではありません。
二人。
三人。
そして四人。
そこにいた少女たちは、全員死亡していました。
火事で逃げ遅れたわけではありません。
火を放たれる前に、殺害されていたのです。
店の奥で何が起きたのか
捜査によって、少女たちが襲われたのは店の閉店前後と考えられました。
犯人は彼女たちを、店の奥へ移動させたとみられています。
少女たちは服を脱がされ、拘束された形跡もありました。
そして、銃撃されます。
その後、犯人は現場に火を放った。
火は店内を焼き、犯行の痕跡の一部も破壊しました。
警察にとって、非常に厄介な現場になります。
犯人が何人いたのか。
なぜ4人を狙ったのか。
最初から殺害するつもりだったのか。
強盗だったのか。
性的な目的だったのか。
それとも、別の理由があったのか。
大量の捜査員が投入されます。
それでも、犯人につながる決定的な証拠は見つかりませんでした。

店に客とか来てなかったの?

そこが重要です。
閉店前、店内には複数の客が出入りしていました。
そして後に、「最後の時間帯にいた人物」が問題になります。
閉店前にいた二人の男
事件当夜、ヨーグルトショップでは何人もの客が目撃されていました。
その中でも捜査で注目されたのが、閉店間際に店内にいたとされる二人の男性です。
彼らが誰だったのか。
事件と関係していたのか。
捜査では、目撃証言をもとに似顔絵も作られました。
しかし、人物の特定には至りません。
さらに、事件現場からは弾丸や薬莢なども回収されました。
ところが火災によって、多くの証拠が傷んでいました。
当時のDNA鑑定技術にも限界があります。
事件は、長期化していきました。
数千件の情報
事件はオースティンを震撼させました。
被害者は、13歳から17歳の少女4人。
普通のヨーグルトショップ。
金曜日の夜。
犯人はそのまま消えた。
警察には、膨大な情報が寄せられます。
捜査対象となった人物は、数え切れないほどいました。
事情聴取。
ポリグラフ検査。
指紋。
銃器。
過去の犯罪歴。
捜査は続きます。
しかし、年月だけが過ぎていきました。
1992年。
1993年。
1994年。
事件は未解決のまま。
そして、発生から約8年後。
捜査は突然、大きく動きます。
4人の若者が浮上する
1999年。
警察は、4人の男性へ注目します。
Michael Scott(マイケル・スコット)
Robert Springsteen(ロバート・スプリングスティーン)
Maurice Pierce(モーリス・ピアース)
Forrest Welborn(フォレスト・ウェルボーン)
事件当時、彼らはいずれも若者でした。
なぜ、8年も経ってから彼らが浮上したのか。
きっかけの一つは、捜査の再検討でした。
過去に名前の挙がった人物。
供述。
人間関係。
警察は改めて事情聴取を始めます。
そして、ここで事件を大きく動かすものが出てきます。
自白です。
「自分たちがやった」
取り調べの中で、ロバート・スプリングスティーンとマイケル・スコットが、事件への関与を認める供述をしました。
4人で店へ行った。
少女たちを襲った。
殺害した。
火を放った。
長年まったく分からなかった事件の全貌が、突然見えてきたように思われました。
警察は、4人を事件に関与したとして扱います。
ついに、8年間未解決だった事件が解決する。
そう見えました。
ところが――
供述を詳しく見ると、問題がありました。
自白は、本当に信用できるのか
スコットとスプリングスティーンは、後に自白を撤回します。
「自分たちはやっていない」
そして、取り調べの方法が問題になります。
長時間の尋問。
繰り返される質問。
捜査官から提示される事件情報。
否認しても続く取り調べ。
虚偽自白の研究では、無実の人間でも、強い心理的圧力や長時間の尋問によって、犯行を認めてしまうことがあると知られています。
もちろん、「自白を撤回したから無実」とも言えません。
問題は、自白以外の証拠がどれだけあるのか。
そこでした。
それでも裁判は進んだ
4人全員が、同じように裁判へ進んだわけではありません。
ピアースとウェルボーンについては、十分な証拠がないとして、最終的に起訴が進みませんでした。
残ったのが、スプリングスティーンとスコット。
2001年。
スプリングスティーンは裁判で有罪となり、死刑判決を受けます。
翌2002年。
スコットも有罪。
終身刑が言い渡されました。
少女4人を殺した事件。
8年間の未解決期間。
そして、二人の有罪判決。
今度こそ、事件は終わったように見えました。

最初に言ってた「崩れた」って、ここから?

ええ。
科学技術が、この事件をもう一度ひっくり返します。
DNAが合わない
事件現場には、犯人に由来する可能性のある生物学的証拠が残されていました。
事件発生当時には、十分に分析できなかったものです。
しかし、DNA鑑定技術は進歩していました。
再鑑定が行われます。
そこで検出されたのが、未知の男性のDNA。
問題は、そのDNAが――
有罪となったスプリングスティーンとも、スコットとも一致しなかったことです。
さらに、ピアースやウェルボーンとも一致しませんでした。
つまり、警察が事件に関与したと考えた4人の誰とも、一致しない男性のDNAが現場に存在していた。
事件の構図そのものが、揺らぎ始めます。
「第五の男」がいたのか
ここで、一つの可能性が生まれます。
4人は犯人だった。
ただし、現場には別の男もいた。
いわゆる、「第五の人物」が存在したのではないか。
これなら、未知のDNAが出ても矛盾しません。
しかし、それを証明する証拠もありません。
逆の可能性もあります。
そもそも、逮捕された4人は事件に関与していなかった。
では、自白は何だったのか。
なぜ、犯行を認める供述が出たのか。
事件は、解決へ向かうどころか、8年前より複雑になっていきます。
有罪判決が覆る
裁判には、DNA以外にも大きな問題がありました。
スプリングスティーンの裁判では、共犯者とされた人物の供述が重要な役割を果たしていました。
しかし、本人を法廷で反対尋問できない状態で、その供述が使われたことが問題になります。
その後の司法判断によって、有罪判決は覆されました。
スコットの判決も、後に取り消されます。
二人は再び、裁判を受ける立場になります。
しかし検察側には、大きな問題が残っていました。
未知のDNA。
撤回された自白。
そして、長い年月。
2009年。
検察は、スコットとスプリングスティーンに対する起訴を取り下げました。
二人は釈放されます。
「解決」は白紙に戻った
こうして、8年かけてたどり着いたはずの答えは、失われました。
ただし、だからといって、新しい犯人が見つかったわけではありません。
現場に残された未知の男性DNAは誰のものなのか。
閉店間際に目撃された人物は、事件に関係していたのか。
放火は、何を消すためだったのか。
捜査には、現在も答えの出ていない部分が残されています。
そして何より、少女たちを殺した人物について、司法上確定した答えはありません。

じゃあ、本当に白紙に戻ったんだ。

ええ。
有罪判決が消えたからといって、別の答えが現れたわけではありません。

30年以上経って、また犯人不明。

それが、この事件の現在地です。
一度、終わったはずの事件
この事件には、奇妙なところがあります。
未解決事件の多くは、答えへたどり着けないまま時間が過ぎていきます。
しかし、この事件は違いました。
警察は容疑者を見つけた。
自白を得た。
検察は起訴した。
陪審は有罪と判断した。
一人には死刑判決まで出た。
社会は一度、「誰がやったのか」という答えを与えられています。
それから、その答えが崩れた。
だから残されたのは、犯人の分からない事件だけではありません。
一度は解決したと信じられたのに、もう一度「分からない」に戻った事件です。
1991年12月6日。
4人の少女が、閉店後のヨーグルトショップで殺されました。
その事実だけは、30年以上経っても変わりません。
変わってしまったのは――
「誰が殺したのか」という答えのほうでした。
出典・参考
- 事件当時およびその後のオースティン警察による捜査記録・公表情報
- スプリングスティーン、スコットらに関する裁判記録および上級審の判断
- 事件現場のDNA再鑑定と2009年の起訴取り下げに関する報道
- 事件発生から再捜査までを追った米国主要報道機関・テキサス州現地報道
※本事件は現在も未解決です。本記事では、逮捕・自白・有罪判決があった事実と、その後に判決が覆され起訴が取り下げられた経緯を区別して記載しています。過去に捜査対象となった人物を、現在確定した犯人として扱うものではありません。



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