「怪物」と呼んだのは誰だったのか――SCP-856と川を守っていたもの

奇妙な記録
そうめん
そうめん

人が川に入ったら襲ってくる怪物?

司書
司書

ええ。ライオンに似た姿をしています。

そうめん
そうめん

じゃあ今回は分かりやすいな。普通に危険なやつ。

司書
司書

そう判断したくなります。

そうめん
そうめん

違うの?

司書
司書

その川のほとりには、昔から村がありました。

司書
司書

村人たちは、その怪物に襲われなかったんです。

人を襲う存在がいる。近づけば傷つけられ、ときには命を奪われる。そう聞けば、それを「怪物」と呼ぶことにあまり迷いはない。

ましてや財団の仕事は、異常存在を確保し、人間社会から隔離することだ。危険な存在が川に棲みついているなら、周囲を封鎖する。それは一見、正しい対応に思える。

しかし、その怪物と何世代にもわたって同じ場所で暮らしていた人々がいたとしたら。そして彼らだけは襲われず、むしろ怪物を「自分たちを守る存在」だと考えていたとしたら。

危険なのは、本当に怪物なのだろうか。

SCP Foundationで公開されている創作作品、SCP-856。南スーダンを流れる一本の川と、そこにだけ現れる奇妙な存在の記録である。

人が水に触れると現れる

SCP-856が存在するとされるのは、南スーダンにある川の約4キロメートルの区間だ。

普段、その姿を見ることはできない。写真撮影、衛星監視、ソナーによる調査を行っても、何も見つからない。原典では、SCP-856は攻撃していないときには「存在していない」可能性すら示されている。

だが、人間がその区間の水へ触れると状況が変わる。ほとんどの場合、数秒以内にライオンほどの大きさをした存在が出現し、その人物へ襲いかかる。

攻撃によって生じる傷は、大型のネコ科動物による噛み傷や爪痕によく似ている。特に喉、顔、上半身が狙われ、原典では負傷者の50〜60%が死亡するとされている。

複数の人間が水へ入った場合はさらに奇妙だ。SCP-856は距離に関係なく、標的から標的へ一瞬で移動する。

ただし、攻撃そのものの速度は異常ではない。存在している間は避けることも、攻撃することもできる。

そして戦いが終われば。

SCP-856は、再びどこにもいなくなる。

動物は襲わない

SCP-856の標的は、基本的に人間である。川へ入った動物は、通常なら攻撃を引き起こさない。

人間が防護服を着ても意味はない。身体そのものが水へ直接触れていなくても、接触を認識されることがある。さらに人間が物を水へ入れただけで攻撃が起きた例もある。

単純に「水面の振動へ反応している」と考えることは難しい。

この存在は、何らかの方法で「人間が川へ干渉した」ことを判断しているように見える。

ならば、人間そのものを敵とみなしているのか。

そう考えると。

ひとつ説明できない記録が残る。

川のほとりにあった村

1995年以前。SCP-856が存在する区間の東岸には、数百人規模の小さな村があった。

奇妙なのは、その村人たちの生活である。

彼らは川から水を汲んでいた。川で身体や衣類を洗うこともあった。

つまり、財団が危険区域として封鎖することになる川を、ごく普通に生活用水として使っていた。

それでも。

SCP-856は村人を襲わなかった。

財団が聞き取りを行うと、村人たちはSCP-856の存在を知っていた。

そして、それを怪物とは呼んでいなかった。

彼らにとってSCP-856は、村を守る精霊だった。

村では家畜を供物として捧げる儀式も行われていた。

そうめん
そうめん

待って。村の人は普通に川に入れるの?

司書
司書

ええ。少なくとも財団の記録では、彼らは襲われていません。

そうめん
そうめん

じゃあ無差別に人間を殺してるわけじゃないじゃん。

司書
司書

そうなります。

そうめん
そうめん

誰を襲うか選んでる?

司書
司書

そう考える余地があります。

川を渡ろうとした21人

財団がSCP-856を知るきっかけとなった事件は、1956年に起きた。

武装した21人のゲリラ兵が川を渡ろうとした。原典では、彼らの目的は対岸にある村への攻撃だったとみられている。

一団が川の半ばまで進んだところで、SCP-856が現れた。

30秒ほどの間に3人が死亡し、複数人が負傷する。兵士たちは銃撃した。弾丸はSCP-856へ命中し、血も流れた。

それでも止まらなかった。

生き残った兵士たちは撤退した。

この報告を受け、財団は現地の調査と初期の収容を始める。

ただ、この事件を村人の視点から見ると印象は変わる。

村を攻撃しようとしていた武装集団が川へ入った。

川の「精霊」が現れた。

そして。

武装集団だけを追い返した。

村人たちがSCP-856を守護者と考えていた理由は、少なくとも理解できる。

財団にとっては危険だった

もちろん、これだけでSCP-856を善良な存在と決めつけることもできない。

1971年には、調査用のボートが対象区間へ流れ込み、財団の若い研究員二人が死亡した。一人は喉を裂かれ、もう一人も重傷による失血で死亡している。

彼らが村を攻撃しようとしていたわけではない。ただ調査のために川へ入っただけだ。

つまりSCP-856が「悪意のある人間だけを襲う正義の守護者」と考えることもできない。

外から来た人間を襲い、村人だけを受け入れていた。

そう考えたほうが、記録には近い。

そして財団にとって、その違いは十分ではなかった。

人間を殺す可能性がある以上、封じ込めなければならない。

村は移された

長期間、現地情勢のため財団はSCP-856周辺を十分に管理できなかった。しかし1995年、停戦によって状況が変わる。

財団は国連平和維持部隊と共同で、川沿いの村を約9キロ下流へ移転させた。

そしてSCP-856が現れる4キロメートルの区間をフェンスで囲んだ。現在の収容手順では両岸を高さ3メートルのフェンスで封鎖し、化学物質による汚染があるという警告を掲示している。

財団から見れば、合理的な措置だ。

危険な異常存在と民間人を分離する。

だが村人から見れば。

何世代も暮らしてきた土地から離され。

自分たちを襲わなかった守護者だけが。

フェンスの向こうへ「怪物」として残された。

川が干上がった日

ここまでなら、「村人とだけ共存できる土地の守護者」という解釈で終えることもできる。

しかし2009年。

その解釈すら揺らぐ事件が起きた。

深刻な干ばつによって、SCP-856が存在する区間を含む川が42時間にわたって干上がった。

その間、近隣の都市で異常事態が発生する。

原典では事件の一部が削除されているため、すべての経緯は分からない。

ただし記録には、ひとつではなく「三体」の存在が財団部隊によって押し戻されたことが残されている。

死者は民間人22人、現地法執行機関9人、財団職員1人。

それまで「川からほとんど離れられない」と考えられていたSCP-856について、財団の理解そのものが間違っていた可能性が浮上した。

そして。

一体だと思われていたものが。

本当に一体だったのかさえ、分からなくなった。

そうめん
そうめん

三体?

司書
司書

ええ。

そうめん
そうめん

じゃあ最初から一匹のライオンみたいな怪物じゃなかった?

司書
司書

その可能性があります。

そうめん
そうめん

川に住んでるっていうのも?

司書
司書

それすら、財団側の解釈にすぎなかったのかもしれません。

「怪物」という名前を付ける側

ここからは、原典に明確な答えのない部分を考えてみたい。

財団にとってSCP-856は異常存在だ。人を殺す。通常の生物学では説明できない。だから番号を与え、危険区域を封鎖し、一般人を遠ざける。

その判断は間違っているとは言い切れない。実際に研究員も、無関係な民間人も死亡している。

しかし村人にとっては、まったく別の存在だった。

水を与えてくれる川。

そこにいる精霊。

家畜を供えるという約束。

そして外から村を襲う者が来れば、それを追い返す守護者。

同じ存在を見て。

一方は「危険な異常」と呼び。

もう一方は「守ってくれる精霊」と呼んだ。

では、どちらが本当のSCP-856なのだろう。

共存は、収容より劣っていたのか

この記録で興味深いのは、財団が来る以前からひとつの「収容」が成立していたようにも見えることだ。

村人は川を利用する。SCP-856は村人を襲わない。村人は家畜を供える。そして外部の人間に対してSCP-856は危険になる。

なぜこの関係が成立していたのかは分からない。供物が本当に必要だったのか、長年の儀式に意味があったのか、それとも別の理由で村人だけが例外だったのか。

だが少なくとも、村が存在していたあいだ、その関係は続いていた。

財団はそれを終わらせた。

代わりにフェンスを建て、武装した警備員を配置し、川を「汚染区域」ということにした。

どちらが優れた方法だったのか。

原典から答えを出すことはできない。

ただ、SCP-856はひとつのことを思い出させる。

理解できないものを隔離することと、理解することは同じではない。

川のこちら側と、向こう側

今、その川にはフェンスがある。

警告標識には、化学物質で汚染されていると書かれている。

一般人は近づけない。

村も、もうそこにはない。

それでも人間が水へ触れれば、SCP-856は現れる。

つまり。

村人がいなくなったあとも。

守る相手がいなくなったあとも。

川には、まだ何かが残っている。

そうめん
そうめん

結局、守護者だったのかな。

司書
司書

分かりません。研究員も殺していますから。

そうめん
そうめん

じゃあ怪物?

司書
司書

それも、少し違う気がします。

そうめん
そうめん

どっちなんだよ。

司書
司書

もしかすると。

司書
司書

怪物か守護者かを決めること自体が、人間側の都合なのかもしれません。

そうめん
そうめん

川にとっては?

司書
司書

ただ、そこにいるもの。

司書
司書

それだけなのかもしれませんね。

司書
司書

今夜の記録はここまでです。

司書
司書

また次の資料でお会いしましょう。

資料・出典

SCP-856は、bleggs氏によってSCP Foundationで公開されている創作作品です。原典では、南スーダンの川の約4キロメートルの区間で、人間が水へ接触すると出現するライオン状の存在として記録されています。一方、かつて川沿いに暮らしていた村人はSCP-856に襲われず、この存在を村を守る精霊として扱い、家畜を供えていました。本記事では1956年の武装集団襲撃、村の移転、2009年の干ばつ時の事件など原典の記録と考察を分け、「危険な異常存在」と「土地の守護者」という二つの見方から整理しています。SCP-856およびSCP Foundationに関する記述は創作上の設定です。

原典:SCP-856 / bleggs(SCP Foundation、CC BY-SA)

コメント